仕上げ
出発までの三日、俺はほとんど寝なかった。
行く八人ぶんの装備を、全部見た。うちの客ではない調査員三人のぶんも、頭を下げさせて預からせた。ヨナスに数を管理させ、ミアとラルフに前段をやらせ、トビーに研ぎを回して、俺は判断のいるところだけをやった。
調査員の一人は、脛当ての留めが高すぎた。膝を庇う癖があるから、下げないと三か月で裂ける。もう一人は籠手の内側の当て革が薄くなっていて、これは交換した。三人目は、装備そのものは問題なかったが、靴が合っていなかった。
「靴は俺の仕事じゃないんだが」
「ですよね」
「まあ、見る」
底を剥がして、中敷きを一枚足した。この男は右足に体重が乗る。誰かに似ていると思ったら、ニナだった。
「あの、これ、靴なんですが」
「靴だな」
「整備士の方に見ていただくものでは」
「見ていいものと悪いものを、俺は決めてない。壊れてるなら見る」
調査員は履き直して、二歩歩いて、立ち止まった。
「……歩きやすいです」
「三日は違和感がある。慣れたら忘れろ」
「忘れていいんですか」
「いい。忘れられる道具がいちばんいい道具だ」
調査員は靴を見て、それから俺を見て、深く頭を下げた。
レイの双剣は、刃を起こして柄を締め直した。左肩はもう治っている。治っているから、今度は右に偏らないよう、重心を左へ少しだけ戻した。
「先生」
「なんだ」
「軽いです」
「まだ振ってないだろう」
「持った瞬間に分かります」
ヴィオラの剣は、柄の左右の太さを測り直した。この人の右手の腱は戻らないが、握力そのものは去年より上がっている。上がったぶん、右側をわずかに太くできる。
「変えたか」
「変えた。右を一分だけ太くした」
ヴィオラは剣を握って、三度振って、それから頷いた。
「いい」
「それだけか」
「それだけ」
この人は本当にそれだけしか言わない。
ただ、帰り際に一度だけ振り返って、こう言った。
「連れて帰る」
誰を、とは言わなかった。訊く必要もなかった。
トビーが最後に来て、自分の砥石を三本、布に包んで差し出した。
「これ、持っていってもらえませんか」
「何をする気だ」
「向こうで刃が鈍ったら、誰かが研ぐでしょう。研ぐなら、いい砥石のほうがいいです」
俺は受け取って、面を親指で撫でた。まっすぐ減っていた。この子が房を出てから毎日研いでいた、あの三本だ。
「持たせる相手を間違えるなよ」
「ニナさんに渡します」
「そうしろ」
トビーは布に包み直して、走っていった。
最後がニナだった。
あの子の槍は、俺が組んだやつをそのまま使っている。木の柄で、左手側が太くて、突くと低く鳴る。
俺は柄を握って、重心を見た。
「柄を替えるか」
「え」
「深いところは湿気が違う。木は狂う」
ニナは槍を見て、それから首を振った。
「このままがいいです」
「狂うぞ」
「狂ったら、聞こえるので」
俺は手を止めた。
「……そうか」
「はい」
俺は柄に油を入れ直して、握りの布を巻き替えた。石突きを打ち直して、穂先を落とした。それ以外は、何もしなかった。
渡すときに、ひとつだけ言った。
「ニナ」
「はい」
「聞こえたら、言え」
「はい」
「言って、それから、どうするかを自分で決めろ。あっちには俺がいない」
あの子は槍を両手で受け取って、しばらく持っていた。
持って、それから、深く頭を下げた。
出発は朝だった。
工房の前に八人が並んで、ボリスが飯を持たせて、アニカが何か小さいものを配って、ダンが拳を突き出していた。マレーネは書類を三度確認していた。トビーは水筒を配って、ヨナスは記録用の紙束をレイに渡していた。
俺は道具箱の上に座って、それを見ていた。
最後にニナが振り返った。
「行ってきます」
「ああ」
俺は手を上げた。
それだけだった。




