消耗品
その日の夕方まで、まともに仕事にならなかった。
列は解散させた。悪いが今日は閉めると言って、番号札を明日ぶんに回した。客は文句を言わなかった。通路の入口から中を覗いていた連中は、たぶん半分くらい何が起きているか分かっていない。
工房に残ったのは、朝と同じ顔ぶれだった。
「もう一度、順を追って説明してください」
言ったのはヨナスだった。この子は理屈が通らないと落ち着かない。
俺は台の上に、二つのものを並べた。剥がした詰め物と、座から出したやつだ。
「一つ。この殻は割れてない」
「割れてました」
「割れて見えただけだ。輪の中身を入れるために、外から開けたんだよ。開けた口が、割れ目に見えていた」
ヨナスが眼鏡を押し上げた。
「二つ。開けた口を、あとから塞いである。塞ぎ方は俺と同じ理屈だ。真ん中を厚く、端を薄く、角を丸める」
「はい」
「三つ。塞ぐ前に、中に何か入れた。それがこれだ」
俺は黒いやつを指した。
「四つ。座のほうが減ってる。つまり、これが最初の一つじゃない」
しばらく、誰も何も言わなかった。
最初に口を開いたのは、レイだった。
「先生。それって」
「言いたいことは分かる」
「魔物に、部品が入ってるってことですか」
「入ってるな」
「その部品を、誰かが取り替えてるってことですか」
「そうなる」
レイは、自分の剣の柄に手をやった。無意識の動作だろう。この子は考えるときに柄を握る癖がある。
「なんのためにですか」
「知らん」
「誰がですか」
「それも知らん」
俺は台に肘をついた。
「ただ、やってる人間が何を考えてるかは、少し分かる」
全員がこちらを見た。
「これは消耗品だ」
俺は黒いやつを持ち上げた。
「減るのを承知で入れてる。減ったら替える前提で、座のほうを丸く削ってある。角を残さないのは、抜き差しのときに欠けないようにだ。丸くしておけば何度でも抜ける」
「……何度でも」
「そういう作りになってる。俺が籠手の留め鋲を打つときと同じだよ。あれも減る前提で、抜きやすいように受けを丸めておく」
工房が静かになった。
ヴィオラが、隅から一言だけ言った。
「点検してる」
俺は頷いた。
「そう見える」
その言葉が出た瞬間に、工房の空気が変わった。
ここには整備士が四人いて、探索者が三人いて、ギルドの職員が一人いる。その全員が、点検という言葉の意味を知っている。点検というのは、壊れる前に見ることだ。壊れる前に見るというのは、壊れてほしくないということだ。
誰かが、あの魔物に壊れてほしくないと思っている。
俺はそこまで考えて、考えたことを口に出さないことにした。まだ早い。
トビーが小声で、誰にともなく言った。
「僕らと、同じことしてますよね」
「同じだな」
「それって」
「言うな」
トビーは口を閉じた。この子は分かって黙れる子だ。
ヨナスが、紙を出して何か書きはじめた。俺は止めなかった。この子は書かないと考えられない。
「ハウザーさん。周期が知りたいです」
「周期?」
「座の減りと、部品の減りの比率が出れば、どれくらいの間隔で交換されているかが概算できます。ただ、一つでは無理です。同じ座を持つ個体が複数必要です」
俺はレイのほうを見た。
レイはもう立ち上がって、外套に手をかけていた。
「持ってきます」
「重いぞ」
「重いですけど、持てます」
「無理はするな」
「先生に組んでもらった剣なので、無理にはなりません」
この子は、その台詞を気に入っているらしい。
レイが出ていったあと、マレーネが綴じ帳を閉じて、それから開き直した。
「ハウザーさん」
「なんだ」
「わたしはいま書いたものを、どう報告すればいいのか分かりません」
「そのまま書けばいいだろう」
「そのまま書くと、魔物が整備されていると書くことになります」
彼女は眼鏡を押し上げて、押し上げても何も変わらないという顔をした。




