開ける
三日、決めなかった。
工房はいつも通りに開いた。列は伸びたし、鍋も持ち込まれたし、アルゴノートの三人は毎朝来て箒を持った。ヨナスは相変わらず台の横に立っていたが、近ごろは客の顔を先に見るようになっている。ミアとラルフは錆落としから研ぎに進んで、ニナが二人の手を止めては音を聞かせていた。
全部いつも通りで、その真ん中に、印のついた甲殻が載っていた。
俺はその前を何度も通った。通るたびに、輪を見た。炭でつけた四十いくつの点が、殻の厚みの中にある何かを囲んでいる。
三日目の夜、ボリスの屋台で飯を食っていたら、向かいから言われた。
「開けねえのか」
「開けるかどうかを考えてる」
「三日もか」
「三日もだ」
ボリスは炭を寄せて、鍋の蓋を少しずらした。湯気が幌に当たって流れていく。
「何を迷ってる」
「開けたら、戻せない」
俺は椀を置いた。
「継ぎ物ってのは、開けたら終わりなんだ。あれは元の割れ目に合わせて詰めてある。剥がしたら、あの形はもう作れん。俺には作れないってのは、この前試して分かった」
「そりゃそうだな」
「壊すことになる。他人の仕事を、だ」
ボリスは俺の顔をしばらく見て、それから鍋をかき混ぜた。
「あんた、それを他人の仕事だと思ってるのか」
「思ってる」
「魔物の殻だぞ」
「仕事は仕事だ。誰がやったかは知らんが、あれは仕事だよ。手を抜いてない」
ボリスは笑わなかった。
「じゃあ、その仕事をしたやつに訊けばいいじゃねえか」
「訊けたら苦労はしない」
「訊けねえから開けるんだろ」
俺は椀を持ち上げて、中身を飲み干した。
この男は、たまにこういうことを言う。長いこと酒場をやっていた人間の言い方だ。
「もうひとつ訊いていいか」
「なんだ」
「開けたら、何が出ると思ってる」
「何も出ないかもしれん」
「そのときは」
「そのときは、俺が三日無駄にしただけだ」
ボリスは鍋を布で拭いて、台の下にしまった。
「無駄にはならねえよ。三日考えたやつが開けた、ってのはそういう記録として残る」
この男は帳面をつけない。つけないのに、そういう言い方をする。
翌朝、俺は工房の中央に台を出した。
呼んだのは、ニナ、トビー、ヨナス。ちょうど来ていたレイと、隅にいたヴィオラ。それとマレーネで、彼女には綴じ帳と羽根ペンを持ってきてもらった。
「記録を頼む」
「わたしがですか」
「あんたが一番正確だ」
マレーネは眼鏡を押し上げて、頁を開いた。手が少し震えていた。
「何を書けばよろしいですか」
「順番だ」
「順番、ですか」
「俺が何をどの順でやったか。うまくいったことも、失敗したことも全部だ。あとで誰かが同じことをやるときに、そこから始められる」
彼女は羽根ペンを持ち直した。
「……承知しました」
ニナが横で、自分の綴じ帳を開いていた。あの子も書くつもりらしい。
俺は道具を並べた。鏨を三本、大きさ違いで。当て金。細い鑿。刷毛。それと、灯りを四つ。
殻を台に据えて、輪の縁に沿って、炭で線をつなげた。点が線になると、輪はもっとはっきりした。手のひらを開いたくらいの大きさで、きれいな円ではない。少し歪んでいる。
「ニナ」
「はい」
「もう一度、輪の上を叩け。線がずれてないか確かめる」
彼女は端から順に叩いていって、二か所を直した。
俺は鏨をいちばん細いのに持ち替えて、輪の外側に当てた。
外側からいく。輪の上を直接叩けば早いが、下に何があるか分からないものを上から叩くのは、整備士のやることではない。外から回り込んで、薄くして、最後に持ち上げる。
工房が静かになっていた。列の客まで、いつのまにか通路の入口に集まっている。
俺は鏨の頭に当て金を当てて、軽く叩いた。
乾いた音がした。




