音がふたつ
俺は、当て金を置いた。
「もう一度言え」
「音が、ふたつです」
ニナは継ぎ目に爪を当てたまま、顔を上げなかった。
「叩くと、最初にひとつ鳴って、そのあとにもうひとつ、小さいのが返ってきます。すごく小さいです。あの、たぶん、普通は聞こえないと思います」
「俺には聞こえん」
「はい」
「他の連中には聞こえると思うか」
「思わないです」
「なんでだ」
「わたし、これまで、聞こえたって言って通じたことがないので」
あの子はそう言って、それから少し困った顔をした。
「あの、いま、通じてます」
「通じてるな」
「はい」
「叩いてみろ。もう一度だ」
彼女は叩いた。
俺には、ひとつしか聞こえなかった。詰め物を叩いても殻を叩いても変わらない、あの乾いた音だ。
「どこで返ってくる」
「殻の、もっと奥です。継ぎ目じゃなくて、その下のほうから」
「下?」
「厚みの、中です」
俺は殻の断面を思い出した。薄い層が何十枚も重なって厚みを作っている。あの層の、どこか。
「ニナ」
「はい」
「殻の、継いでないところを叩け」
彼女は台の端まで移動して、割れ目から離れた場所を叩いた。
しばらく耳を澄ませて、それから首を振った。
「ここは、ひとつです」
「継ぎ目に戻れ」
戻って、叩いた。
「……ふたつです」
俺は立ち上がって、灯りをもう一つ引き寄せた。
継ぎ目の表面を、指でなぞる。何度目か分からない。真ん中が厚く、端が薄い。角がない。押せば沈み、離せば戻る。
この下に、何かある。
俺の指は、表面しか拾えない。厚みの中で何が鳴っているかは、指の仕事ではなかった。
「叩き続けろ」
「え」
「場所を少しずつ変えて、叩き続けろ。ふたつ聞こえるところと、ひとつしか聞こえないところの境目を探せ」
「はい」
ニナは叩きはじめた。
こつ、こつ、と、乾いた音が工房に響いた。同じ音にしか聞こえないその音を、あの子は一つずつ聞き分けて、聞き分けた場所に炭で小さな印をつけていった。
半刻ほどかかった。
印は、四十いくつになった。
途中で二度、あの子は場所を戻して叩き直した。前につけた印が違うと言って、炭で消して、少し横へ打ち直した。俺には同じ音にしか聞こえないので、間違いだと言われても確かめようがない。
叩くたびに、呼吸が浅くなっていくのが分かった。手のことを言ったばかりだったから、そろそろ止めるべきだとは思っていた。
「ニナ」
「まだやれます」
「訊いてない」
「じゃあ、やります」
俺は口を閉じた。
俺は台から少し離れて、それを見た。
離れないと分からなかったからだ。近くで見ていると、点にしか見えない。
トビーが工房に戻ってきたのは、そのときだった。忘れ物だと言っていたが、たぶんまた嘘だ。
「……何やってるんですか」
「離れて見ろ」
あの子も、下がった。
下がって、息を呑んだ。
印は、輪になっていた。
継ぎ目の下を、丸く囲む形で並んでいた。
継ぎ目は、割れ目を埋めたものだ。割れ目は真っすぐ走っている。埋めたものが真っすぐなら、その下に丸いものが隠れている理由はない。
「ニナ」
「はい」
「これは、割れたところを直したんじゃない」
俺は輪の中心を指した。
「何かを入れて、その上から塞いだんだ」
ニナが炭を持つ手を下ろした。
トビーは輪を見たまま、動かなかった。
「ゲルトさん」
「なんだ」
「入れたって、誰がですか」
「知らん」
「何を、ですか」
「それも知らん」
俺は台のふちに手をついた。
「分かってるのは、これが直したんじゃないってことだけだ。直すってのは、元に戻すことだからな。これは戻してない。何かを足して、そのうえで割れないように塞いである」
工房の灯りが、一度、揺れた。
「開けますか」
トビーが訊いた。
俺は答えなかった。
答えるのに、たぶん何日かかかる。




