誰にも読めない
あの甲殻を引っぱり出したのは、その週の終わりだった。
油紙を外して、工房の中央の台に載せた。継ぎ目が上を向くように置いて、灯りを二つ寄せた。
全員を呼んだ。ニナ、トビー、ミア、ラルフ、ヨナス。キースの班が四人。ちょうど来ていたレイと、隅にいたヴィオラ。
「読め」
それだけ言った。
誰も、しばらく動かなかった。最初に手を出したのはヨナスで、灯りの角度を変えて、継ぎ目を上から覗き込んだ。次にトビーが来て、指でなぞった。ミアとラルフも寄ってきた。
「……何ですか、これは」
「魔物の殻だ。深いところから来た」
「割れてます」
「割れて、埋めてある」
その一言で、全員の手が止まった。
キースが顔を上げた。
「埋めてある、というのは」
「見ての通りだ」
「魔物の殻を、誰が」
「それを訊いてるのは俺のほうだ」
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがてヨナスが、爪の先で継ぎ目を叩いた。俺が最初にやったのと同じことをやった。この子は理屈で動くから、そこへ行き着くのが早い。
「音が、変わりません」
「そうだな」
「素材が違えば、音が変わるはずです」
「変わるな」
「では、同じ素材で埋めているということですか」
「同じ素材だと、同じ場所でまた割れる」
ヨナスは黙って、しばらく継ぎ目を見ていた。
「では、硬さだけが同じで、質の違う何かということになります」
「なるな」
「そんな素材は、聞いたことがありません」
「俺もない」
キースの班の一人が、小声で言った。
「その場で作ったんじゃないですかね」
「作った?」
「割れた形に合わせて、そのつど」
言った本人が、言ってから首を振った。
「いや、無理か。調合をその場でやるなんて、房でも半日はかかります」
誰も、それを否定しなかった。
否定できるだけの材料が、この場には無い。俺は工房を見回した。整備士が十人近く集まって、全員が同じ殻を覗き込んでいて、全員が同じところで止まっている。
こういう光景を、俺は房で一度も見たことがなかった。房では、分からないものが出たら主任のところへ来る。主任が分かるからだ。
いまは、俺が分からない。
ヨナスは黙った。
トビーが指で継ぎ目をたどりながら言った。
「厚みが、真ん中で変わってます。真ん中が厚くて、端が薄い」
「そうだ」
「これ、僕らが盾を継ぐときと同じですよね」
「同じだ」
「じゃあ、」
トビーはそこで言葉を止めて、顔を上げた。
俺は何も言わなかった。
ミアが小さく手を挙げた。
「あの、ハウザーさんは、これを継げるんですか」
「継げない」
工房が静かになった。
キースが、ゆっくりこちらを見た。
「継げない、というのは」
「そのままの意味だ。何晩か試して、全部割れた。表が先に固まって、中が空になる」
誰も何も言わなかった。
この工房で、俺が直せないと言ったのを聞いた人間は、たぶんトビーだけだった。
レイが口を開いたのは、そのあとだった。
「先生」
「なんだ」
「これ、三十階のやつです」
「知ってる」
「三十階に、人はいません」
「知ってる」
「……はい」
この子は、俺が知っていることを確認しに来ただけだった。確認しないと落ち着かないんだろう。俺も同じだから、何も言わなかった。
解散したのは、日が落ちてからだった。
みんなが帰って、灯りをひとつ残して、俺は台の前に座っていた。殻はそのままにしてある。
工房の隅で、ニナが片づけをしていた。もう帰っていいと言ったのに、帰らない。
やがて彼女は、台のほうへ寄ってきた。
「ゲルトさん」
「なんだ」
「これ、触ってもいいですか」
「触れ」
ニナは手を伸ばして、継ぎ目に指を当てた。それから、爪で叩いた。
俺が何十回もやったのと同じ場所を、同じように叩いた。
叩いて、手を止めた。
止めたまま、動かなくなった。
「……ゲルトさん」
「なんだ」
「これ、音がふたつあります」




