数字を読む子
その翌日、ヨナスは俺のところへ紙を持ってきた。
朝いちばんだった。列が並ぶ前で、ボリスがまだ火を熾している時間だ。
「これを、見ていただけませんか」
「読めん」
「あ」
「ニナ、頼む」
ニナが受け取って、目を通して、それから、少し驚いた顔をした。
「あの、これ、数字です」
「そりゃ見りゃ分かる」
「そうじゃなくて。三冊目の、癖の帳面から取った数字みたいです」
俺は顔を上げた。
ヨナスは眼鏡を押し上げて、早口で言った。
「昨夜、写しをお借りしました。癖の帳面です。番号で管理されているので、集計ができると思いました」
「集計」
「はい。同じ癖を持つ使用者が、どの装備をどれくらいの周期で壊しているか。それを癖ごとにまとめました」
ニナが紙を台に置いた。俺は読めないので、彼女に読ませた。
「右肩が下がる癖の人、十九人。そのうち十四人が、留め金の同じ位置を壊してます。平均で、四か月」
「四か月か」
「はい。息を止める癖の人は、二十三人。こっちは胸当ての中央が凹んでます。周期は、ばらばらです」
「ばらばらだな」
「でも、ヨナスさんの書き方だと、体格で分かれるみたいで」
俺は紙を見た。読めなかったが、線がまっすぐ引いてあるのは分かった。
「ヨナス」
「はい」
「これは、俺には作れない」
ヨナスの肩が、わずかに動いた。
「俺は一本ずつしか見ない。だから一本ずつのことしか言えん。十九人ぶんを重ねて周期を出すなんてのは、頭の中じゃできんのだ」
「……房でも、似たことをやろうとしました」
「通らなかったか」
「通りませんでした。数値の集計は鑑定盤の仕事だと言われて、僕の仕事は読み取りだけだと」
ヨナスは眼鏡を外して、拭いた。拭く必要のない眼鏡だった。
「ハウザーさん。僕は、あなたのようには読めません。十日見ていて、それははっきり分かりました」
「そうだろうな」
「はっきり言われると、けっこう応えます」
「悪かったな」
「いえ」
彼は眼鏡をかけ直した。
「ただ、四か月という数字は、僕にしか出せません」
「そうだな」
「これがあれば、右肩の下がる人には、四か月で交換をすすめられます。あなたが一人ずつ見なくても」
俺は紙を台の上に置いて、その上に手を載せた。
四か月。
あの数字を、俺はどこかで見ている。カイ・レンドルの籠手に、俺は四か月前に要交換と書いた。あのとき俺は、あの子の左肩の癖を見て、そう判断した。判断だった。理屈ではなかった。
いま目の前にあるのは、その理屈のほうだった。
「ヨナス」
「はい」
「これを、あんたの名前で出せ」
「え」
「ギルドに出せ。マレーネさんに渡せば通る。教本の後ろにつけてもらえ」
ヨナスは、口を開けたまま固まっていた。
「……僕は、まだ何も読めません」
「読めなくていい。あんたはこっちだ」
俺は紙を彼のほうへ押した。
「顔を見る人間と、数字を出す人間が両方いる房は、たぶん強いぞ」
ヨナスは、すぐには紙を受け取らなかった。
受け取らずに、しばらく台の上を見ていた。
「ハウザーさん」
「なんだ」
「僕は房が閉まる前、あなたのことを古い人だと思っていました」
「そうだろうな」
「盤があるのに目で見ると言い張る人だと。数字の読めない人だと」
「読めんよ、実際」
「はい。ですが」
彼は紙を取った。
「数字の読めない人が、僕の紙を最初に通してくれるとは思っていませんでした」
俺は当て金を持ち上げた。
「ヨナス」
「はい」
「盤は人を見ないと、俺は前に言った。あれは言い過ぎだ」
「え」
「盤は人を見ない。だが、盤を回してる人間が人を見ないとは言ってない。あんたが四か月を出したのは、盤が出した数字を、人のほうから並べ直したからだ」
ヨナスは紙を握ったまま、しばらく動かなかった。
「……そう言っていただけると」
「言っただけだぞ」
「はい。それで、じゅうぶんです」




