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継ぎ目

あの甲殻は、工房の隅に立てかけたままになっていた。


 油紙をかけて、鉄骨に立てかけて、その前を毎日通る。誰も触らない。ダンが資材を運ぶときに一度、邪魔だから動かしましょうかと言ったが、俺はそのままでいいと答えた。理由は自分でもよく分からなかった。


 昼のあいだは、目に入っても何とも思わない。列が伸びて、道具が積まれて、鍋が持ち込まれて、そういうものを片づけているうちに日が暮れる。


 問題は、みんなが帰ったあとだった。


 片づけを終えて、灯りをひとつ残して、道具箱を閉める。その動作の途中で、必ず一度、あの油紙のほうを見る。見て、また手元に戻る。それを何日か繰り返して、ある晩、俺は油紙を外した。


 外して、しゃがんで、継ぎ目を指でなぞった。


 何度目か分からない。指の腹はもう、そこに何があるかを覚えている。割れ目の真ん中が厚く、両端が薄く、角がひとつも残っていない。押せば沈み、離せば戻る。爪で叩いても、殻と詰め物で音が変わらない。


 俺は立ち上がって、道具箱から鏨を出した。


 殻の端のほう、継ぎ目から離れた場所を選んで、手のひらほどの破片を割り取った。厚みがあるので、思ったより力が要った。割れ口を見ると、断面は層になっている。薄い層が何十枚も重なって、その重なりが厚みを作っていた。


 破片を台に載せて、真ん中に切れ目を入れた。


 そこから朝までかかって、俺はその切れ目を継ごうとした。



 継ぎ物というのは、整備士の仕事の中でも地味なほうだ。折れたものを繋ぐのではなく、割れたものを埋める。埋める材は、元の材と近いものを選ぶ。近すぎても駄目で、遠すぎても駄目だ。硬さが同じだと同じ場所でまた割れるし、柔らかすぎると力を受けたときに沈む。


 俺は房で二十年、それをやってきた。盾も、籠手も、柄も、鍋の底も、全部その理屈でどうにかしてきた。


 できなかった。


 殻の粉を膠で練って詰めてみたが、乾くと縮んだ。縮むと隙間ができて、そこから割れる。厚みを変えて何度か試したが、真ん中を厚くすると乾きが遅れて表面だけが先に固まった。表面が先に固まったものは、必ず内側に空洞が残る。


 叩けば分かる。音が濁る。


 あちらのは、濁らなかった。


 三晩やって、四晩目に、俺は台の上に並んだ失敗の山を眺めていた。どれも同じ場所で割れていて、どれも同じ音がした。


「ゲルトさん」


 振り返ると、トビーが立っていた。


「まだ帰ってなかったのか」


「帰りました。忘れ物です」


 嘘だった。この子は嘘が下手だ。何日か前から、俺が残っているのに気づいていたんだろう。


 トビーは台の上を見て、それから、あの甲殻を見た。


「継ごうとしてるんですか」


「してる」


「できましたか」


「できてない」


 俺は失敗の山をひとつ持ち上げて、爪で叩いた。濁った音がした。


「ここが空だ。表が先に固まって、中が置いていかれてる」


「じゃあ、ゆっくり乾かせば」


「ゆっくり乾かすと縮む。縮んだら隙間だ」


「その両方をどうにかするには」


「どうにかする方法を、俺は知らん」


 言ってしまってから、少し妙な気分になった。


 二十年やってきて、直せませんと言ったことは何度もある。素材が死んでいるとき、形が残っていないとき、直すより買ったほうが安いとき。それは判断であって、能力の話ではなかった。


 できない、と言ったのは、たぶん初めてだった。


 トビーは何も言わなかった。しばらく台の前に立って、失敗の山を順番に見ていた。


「ゲルトさん」


「なんだ」


「これ、僕らにもやらせてもらえませんか」


「あんたらにできると思うか」


「思いません」


 トビーは破片をひとつ手に取って、爪で叩いた。濁った。


「でも、ゲルトさんができないところを見るのは、たぶん、勉強になります」


 俺は少し黙った。


 それから、鏨を渡した。


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