調査
調査の日、俺は工房にいた。
行けないからだ。あそこは第九層で、俺の階級では入れる場所ではあるが、水路は別だった。潜れる体でもない。
だから、あとで聞いた話になる。
調査隊は、ギルドの調査員が二人、記録係が一人、そこに同行としてレイとヴィオラ。
それと、ニナがいた。
当日の朝、マレーネが「申告者本人の同行を認める」という一文を規約から掘り出してきたのだそうだ。上の連中と半日やり合って、通した。
第三区画に着いて、ニナは壁の前に立った。
調査員が耳を当てて、首を振った。何も聞こえない、と言った。
ニナは、しばらく黙って立っていた。
それから、こう言ったらしい。
「いま、いません」
調査員が眉をひそめた。
「いない?」
「はい。あのときの音がしません。移動する生き物なので、いつもここにいるわけじゃないと思います」
「では、調査は」
「水路に入ってください。脱いだ殻があるはずです」
調査員は渋った。当然だ。第九層の水路に人を入れるのは、それだけで一仕事になる。
そのとき、ヴィオラが無言で外套を脱いで、水に入った。
止める間もなかったと、レイは言っていた。
水に入る前に、ヴィオラはニナのほうを一度だけ見たそうだ。何も言わなかったが、ニナは分かったと言っていた。何が分かったのかは、あの子も説明できなかった。
水路は狭く、流れがあり、灯りが届かない。調査員が縄を投げようとしたときには、もう姿が見えなくなっていたらしい。
殻は、三枚出てきた。
一枚はヴィオラが先日持ち帰ったものと同じ場所にあり、あとの二枚は少し奥だった。記録係が図を引いて、大きさを測って、状態を書き取った。
湿っていた。
脱いでから、いくらも経っていない。
調査員がひとり、壁の内側に手を入れて、そこで動きを止めた。
削れていた。
壁の内側が、長いこと何かに擦られた形になっていた。片側だけ、腰の高さで、水平に。
殻の脚の跡が片側に多かった理由が、そこで分かった。
「……何年ぶんだ、これは」
誰かがそう言った。
記録係が、それも書き取った。
書き取っているあいだ、ニナはずっと壁の前に立っていたそうだ。
調査員のひとりが、途中で彼女に訊いた。あのとき聞こえたのはどんな音だったのか、と。
あの子は少し考えてから、こう答えた。
「濡れた布を、石の上で引きずる音です」
調査員は壁の摩耗痕をもう一度見て、それから、何も言わずに書き取りに戻った。
工房に戻ってきたのは、日が落ちてからだった。
ニナは服の裾が濡れていて、髪も湿っていた。水路には入っていないはずだが、たぶんヴィオラを引き上げるのを手伝ったんだろう。
「どうだった」
「いました」
「そうか」
「あの、いなかったんですけど、いました」
「分かるように言え」
「殻が三枚と、壁の跡です。記録係の人が、全部書きました」
ニナは俺の前に立って、それから、深く息を吸った。
「書いてもらいました」
それが、この子にとって何を意味するのかは、たぶん俺には分からない。
ただ、あの子は書いてもらったと言った。いたとも、正しかったとも言わなかった。
「そうか」
俺は当て金を置いた。
「よくやった」
ニナが、両手で顔を覆った。
トビーがそっと丸太を運んできて、レイがその肩に手を置いて、ヴィオラは濡れた外套のまま隣に立っていた。ボリスは何も言わずに椀を三つ用意していた。
俺は当て金を拾って、次の胸当てに取りかかった。仕事はまだ残っている。
しばらくして、ニナが顔を上げて、袖で拭いて、それから錆落としの列に戻った。誰も何も言わなかったが、アニカが黙って砥石を一本、あの子の前に置いていた。いちばん細かいやつだった。




