盾
俺は剣を持ち上げた。
両手で持ち上げて、片手に持ち替えて、傾けて、灯りに当てた。工房が静まり返っていたので、自分の呼吸の音がよく聞こえた。
刃こぼれが、両側にあった。
角度もばらばらだった。浅いのと深いのが混ざっていて、入っている位置も先寄りから鍔元まで散っている。正面から打ち合って、相手が動いて、自分も動いた剣の傷だった。
俺は柄を見た。握りの脂の位置が、前と違う。前は右手が高い位置に固定されていたが、いまは低い。低く握るのは、押し合いになったときに腰で支えるためだ。
剣を置いて、盾を取った。
重かった。
持ち上げた瞬間に、俺は少し息を止めていたと思う。
表に、傷があった。
傷どころではない。縁が二か所つぶれていて、面の中央が浅く凹んでいる。裏の握り帯は付け替えた跡があって、それも一度ではなく、少なくとも三度は替わっていた。木の芯が割れているのを、外から金具で挟んで押さえてある。
これは、正面で受け続けた盾だった。
それも、何年もだ。
俺は盾を台に戻して、しばらくそのまま置いていた。
「いつからだ」
「何が」
「あんたが、正面に立つようになったのは」
工房の隅で、誰かが息を呑んだ。トビーだった。あの子は房で俺の隣に立っていたから、盾を見て何を言われたのかが分かる。
ドルグ・ヴァイスは、表情を変えなかった。
「あんたが断った、三年ほどあとだ」
「そうか」
「ハウザーさん。誤解しないでほしいんだが」
男は台に手をついた。
「あんたに言われたからじゃない」
「聞いてない」
「言っておく。あの日、俺はあんたの言うことを笑った。あれは本心だ。読めるあんたが黙っていれば誰も困らんと、俺は本気で思っていた」
男は盾を見た。
「困ったのは、三年後だ」
工房は静かだった。列に残っていた数人も、動かずに立っていた。
「隊を三つ潰した」
「……そうか」
「一つ目は運が悪かった。二つ目も運が悪かった。三つ目のときに、運の話ではないと分かった」
「何人だ」
「訊くのか」
「訊かない」
俺は盾の縁を撫でた。つぶれた金具の下で、木が波打っている。この盾はもう、直すというより支えているだけの状態だった。
「勘定はしてある」
「聞かんぞ」
「聞かなくていい。ただ、してあるということだけは言っておく」
俺は盾を台に戻した。数えてある、というのはそういう意味だろう。数えずに済ませた人間の言い方ではなかった。
男は手を離して、背筋を伸ばした。
「俺の隊は、生還率が高かったんだ。高かったが、同じ人間が残っていたわけじゃない。前を持つ役だけが、順番に入れ替わっていた。俺はそれを、隊の入れ替わりだと思っていた」
「思ってたのか」
「思っていた。本気でだ」
「隊を替えたことは」
「何度もある。前を持つのが続かないと、俺は思っていた。続かないのは根性の問題だと思っていた」
「そう言ったのか」
「言った」
俺は当て金を握って、それから力を抜いた。
「あのとき俺は、あんたの剣を見て、盾を見て、断った。理由も言った。あんたは笑った」
「笑った」
「俺はそこで終わりにした。房長には、この件はもう受けないとだけ伝えた」
男が顔を上げた。
「誰にも言わなかったのか」
「言わなかった」
言えば、証拠のない話になる。台の上の傷がそう見えたというだけのものを、俺は誰にも渡せなかった。
「言ってくれれば、よかった」
「言ってどうなった」
男は答えなかった。
俺は当て金の縁を、指で撫でていた。
「あんたはあのとき、俺が分かっててやっていると思っただろう」
「思った」
「分かっていなかった。だから笑った」
男はそこで、初めて目を伏せた。
「分かってやっているほうが、まだましだったと思う」




