↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/85

紙に書いてあること

翌朝、ニナは普通に来た。


 いつもの時間に来て、いつものように箒を持って、通路を掃いた。目が腫れていたが、誰もそのことに触れなかった。


 仕事がひととおり流れたころ、彼女が懐から一枚の紙を出して、俺のほうへ置いた。


「これ、昨日もらったやつです」


「読めん」


「あ、そうでした」


 マレーネがちょうど綴じ帳を持って降りてきたところだったので、俺は顎で紙を指した。彼女は無言で受け取って、目を落として、それから読み上げた。


「銀級昇級審査結果通知。受験者、ニナ・アルト。判定、不合格。理由、第九層第三区画において存在しない対象を申告し、隊を迂回させた。虚偽の索敵報告は隊全体を危険にさらす。審査官、ドルグ・ヴァイス」


 読み終わって、マレーネは紙を置いた。


 薄い紙だった。ギルドの通知はどれも同じ紙を使うので、合格も不合格も同じ厚さで届く。あの子はそれを昨日から懐に入れて持ち歩いていたことになる。


 置いてから、眼鏡を押し上げた。何度か押し上げていたので、たぶん動揺していた。


「トビー、砥石が落ちてる」


「あ、すみません」


 トビーは砥石を拾ったが、顔つきが変わっていた。この子は普段おとなしいが、房にいたころから怒ると分かりやすい。


「ゲルトさん」


「なんだ」


「これ、おかしくないですか」


「どこがだ」


「聞こえなかったのは試験官のほうでしょう。それを虚偽って書くのは」


「書けるんだよ」


 俺は当て金を持ち替えた。


「試験官が確認できなかったものは、記録の上ではなかったことになる。それが仕組みだ。仕組みが間違ってるかどうかは、また別の話でな」


 そのとき、レイが立ち上がった。


 立ち上がって、外套に手をかけた。


「先生。ギルドに行ってきます」


「行って何をする」


「話をします。わたしが言えば、聞く人はいます」


 工房が静かになった。


 実際、この子が言えば通る。大陸で三番目に強い探索者が異議を唱えれば、ギルドは無視できない。判定はひっくり返るだろうし、たぶん一日で済む。


 俺は当て金を置いた。


「座れ」


「先生」


「座れと言ってる」


 レイは座らなかった。座らないまま、こちらを見ていた。


「なぜですか」


「あんたが言って通ったら、あの子の耳が確かめられたことにはならない」


「でも、不合格は消えます」


「消える。それで、あの子は次から、聞こえたものを自分で証明できないままになる」


 レイは黙った。この子は頭の回転が速いから、言われれば分かる。分かったうえで、それでも動きたいという顔をしていた。


 俺は工房の隅を見た。


 ニナが箒を持ったまま、立っていた。


「あの子はこれから、支店をやる。人の道具を預かって、危ないと思ったら止める。止めた理由を、いちいち宝玉級に保証してもらうわけにはいかんだろう」


 レイは、しばらく黙っていた。


 やがて外套から手を離して、腰を下ろした。


「……先生は、ときどきひどいです」


「知ってる」


「本当にひどいです」


「知ってる」


 ひどいのは分かっている。あの子の耳を確かめさせるために、あの子に不合格を背負わせたまま待たせるということだからだ。


 ただ、通してもらった資格はいつか必ず疑われるし、通してくれた誰かがいなくなった日に、本人が一番苦しむ。房で何度も見た。


 そのとき、通路のほうで足音がした。


 いや、しなかった。


 俺が振り返ったときには、ヴィオラが立っていた。彼女は誰にも何も言わずに外套を羽織って、そのまま通路の奥へ歩いていった。


「おい」


 返事はなかった。


 トビーが慌てて追いかけようとしたので、俺は止めた。


「行かせろ」


「でも」


「あの人は、行くと決めたら行く」


 もっとも、行き先の見当はついていた。この人が黙って出ていくときは、たいてい誰かの代わりに動いている。柄を銅貨で直したというだけの理由で三人を探し出してきた人だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。