断った理由
ドルグ・ヴァイスの装備を見たのは、房にいたころのことだ。
当時、あの男は名の通った探索者だった。銀級で、隊を率いていて、生還率が高いことで知られていた。深いところへ行って、必ず全員で帰ってくる。そういう評判の男だった。
うちの房は、外部の探索者からも装備を預かっていたから、あの男の剣が回ってきたときも、特に何も思わなかった。
台に載せて、いつも通りに見た。
剣そのものは、悪くなかった。手入れも行き届いている。
気になったのは、傷の向きだった。
刃こぼれが、片側にしかない。しかも、その全部が同じ角度で入っている。
人と戦うにせよ魔物と相手をするにせよ、正面から打ち合っていれば、刃の傷は両側に散る。相手の位置が動くからだ。片側だけに、同じ角度で揃うというのは、いつも同じ位置から入っているということだった。
いつも同じ位置から入れるということは、相手が動いていないということだ。
相手が動かないのは、相手が別の誰かを見ているからだ。
俺は次に、あの男の盾を見た。
傷がなかった。
正面にも、縁にも、裏にも。使い込まれてはいたが、受けた跡がほとんどない。
隊を率いる男の盾に、傷がない。
俺はもう一度、剣の刃こぼれを見た。全部、右手側から入っている。魔物が誰かの正面を向いているとき、その右後ろから入る位置だ。
それだけなら、うまい立ち回りだと言える。隊で戦うというのはそういうもので、誰かが正面を持ち、誰かが横から入る。役割の話でしかない。
ただ、正面を持つ役は替わるものだ。替わっていれば、盾に傷がつく。
盾に傷がないということは、あの男が一度も正面に立たなかったということだった。率いる側が一度も正面に立たない隊の、生還率が高い。その意味を、俺はしばらく考えないようにしていた。
そのとき房にはトビーもレイもまだいなくて、俺は独りで台の前に立っていた。
しばらく立っていた。
三日後に取りに来たあの男に、俺はこう言った。
「これは、うちでは見られません」
あの男は不思議そうな顔をした。理由を訊かれたので、答えた。
「あんたの剣が、あんたの隊員の立ち位置を教えてくれるので」
ドルグ・ヴァイスは、しばらく俺を見ていた。
それから、笑った。
怒鳴られると思っていたので、笑われたのは意外だった。声を出して、心底おかしそうに笑って、それから剣を受け取って、こう言った。
「それは、あんたが読めるからだろう」
その通りだった。俺以外の整備士が見れば、これはよく手入れされたただの剣だ。
「読めるあんたが黙ってれば、誰も困らんよ」
あの男は剣を鞘に収めて、帰っていった。
俺は房長に、この件はもう受けないと伝えた。理由は言わなかったし、訊かれもしなかった。房長はただ、分かったと言った。
それきり、あの男の装備は回ってこなくなった。
誰も死んでいない。あの男の隊は、そのあとも何年か生還率の高い隊であり続けたと聞いている。だから俺のあれは、証拠のない話でしかない。
台の上の傷が、そう見えたというだけの話だ。
俺は当て金を置いて、天井を見上げた。
ニナの試験は、明後日だった。




