↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/84

俺より丁寧に

レイが戻ってきたのは、それから数日してからだった。


 背負ってきた袋を工房の床に下ろすと、鈍い音がして、床の砂が跳ねた。中身は俺の胸くらいまでありそうな板状の何かで、油紙で雑にくるんである。


 油紙を開いた。


 灰色がかった殻だった。表面はざらついていて、遠目には岩に見える。厚みは手のひらを立てたくらいで、確かに、まともな刃物の入るものではなかった。


 その真ん中に、裂け目が走っている。


 俺は膝をついて、裂け目の縁を指でなぞった。


 レイの言った通りだった。縁が外へ向かって反り返っている。内側から押されて裂けた形で、外から力を受けたものとは向きが逆だ。


 そこまではよかった。


 問題はその先で、俺はしばらく動けなくなった。


「先生?」


 裂け目の内側に、詰め物がしてあった。


 殻とは違う質のものが、割れ目の底を埋めている。色は近いが、手触りが違う。指の腹で押すとわずかに沈んで、離すと戻ってくる。


 そして、埋め方に癖があった。


 割れ目の両端は薄く、真ん中に向かうほど厚い。力がいちばんかかるところを厚くして、端は逃がしてある。継ぎ目には角がなく、全部が丸めてあった。角を残すと、そこからまた割れるからだ。


 俺が籠手の留め鋲を打ち替えるときに、いつもやることと同じだった。


「……直ってる」


「え」


「これ、生きてるうちに一度直ってる」


 工房が静かになった。ニナが錆落としの手を止めて、トビーが砥石から顔を上げた。


「魔物が、自分で治したってことですか」


 トビーがそう訊いたが、俺は首を振った。


「傷ってのは、治るときは端から埋まる。真ん中が最後だ。これは逆だよ。真ん中から埋めて、端は最後まで薄い」


「じゃあ」


「誰かが直してる」


 言ってから、自分でも何を言っているのか分からなくなった。


 三十階に整備士がいるわけがない。あんな場所に人は住めないし、住めたとしても、魔物の殻を継ぐ理由がない。


 俺は詰め物の表面をもう一度なぞった。


 滑らかだった。継ぎ目の段差が指に引っかからない。俺は自分の親指の腹を信用しているが、その親指が何も拾わなかった。


 次に、詰め物と殻の境目を爪の先で軽く叩いてみた。


 音が同じだった。


 継いだ場所というのは、必ず音が変わる。素材が違えば響きが違うし、わずかでも隙間があれば濁る。ところがこれは、殻を叩いた音と詰め物を叩いた音の区別がつかなかった。俺は爪を離して、手を膝に置いた。


「……俺より丁寧だな」


 レイが息を呑んだ。


 トビーが「え」と言った。


「先生、いま」


「聞くな」


 自分でも、聞かれたくなかった。あれは職人が同業の仕事を見たときに出る言葉で、相手が人でないなら成り立たない。


 俺は油紙を戻して、殻を工房の隅に立てかけた。


 その日、俺は普通に仕事をした。斧を直し、鍋を叩き、脛当ての留めを下げて、番号札の列を回した。何ひとつ変わったことはしなかった。


 ただ、片づけのあとで、もう一度あの殻の前に立った。


 しばらく立っていた。


 ナットが足元に来て、ボルトを置いて、キチ、と鳴いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。