俺より丁寧に
レイが戻ってきたのは、それから数日してからだった。
背負ってきた袋を工房の床に下ろすと、鈍い音がして、床の砂が跳ねた。中身は俺の胸くらいまでありそうな板状の何かで、油紙で雑にくるんである。
油紙を開いた。
灰色がかった殻だった。表面はざらついていて、遠目には岩に見える。厚みは手のひらを立てたくらいで、確かに、まともな刃物の入るものではなかった。
その真ん中に、裂け目が走っている。
俺は膝をついて、裂け目の縁を指でなぞった。
レイの言った通りだった。縁が外へ向かって反り返っている。内側から押されて裂けた形で、外から力を受けたものとは向きが逆だ。
そこまではよかった。
問題はその先で、俺はしばらく動けなくなった。
「先生?」
裂け目の内側に、詰め物がしてあった。
殻とは違う質のものが、割れ目の底を埋めている。色は近いが、手触りが違う。指の腹で押すとわずかに沈んで、離すと戻ってくる。
そして、埋め方に癖があった。
割れ目の両端は薄く、真ん中に向かうほど厚い。力がいちばんかかるところを厚くして、端は逃がしてある。継ぎ目には角がなく、全部が丸めてあった。角を残すと、そこからまた割れるからだ。
俺が籠手の留め鋲を打ち替えるときに、いつもやることと同じだった。
「……直ってる」
「え」
「これ、生きてるうちに一度直ってる」
工房が静かになった。ニナが錆落としの手を止めて、トビーが砥石から顔を上げた。
「魔物が、自分で治したってことですか」
トビーがそう訊いたが、俺は首を振った。
「傷ってのは、治るときは端から埋まる。真ん中が最後だ。これは逆だよ。真ん中から埋めて、端は最後まで薄い」
「じゃあ」
「誰かが直してる」
言ってから、自分でも何を言っているのか分からなくなった。
三十階に整備士がいるわけがない。あんな場所に人は住めないし、住めたとしても、魔物の殻を継ぐ理由がない。
俺は詰め物の表面をもう一度なぞった。
滑らかだった。継ぎ目の段差が指に引っかからない。俺は自分の親指の腹を信用しているが、その親指が何も拾わなかった。
次に、詰め物と殻の境目を爪の先で軽く叩いてみた。
音が同じだった。
継いだ場所というのは、必ず音が変わる。素材が違えば響きが違うし、わずかでも隙間があれば濁る。ところがこれは、殻を叩いた音と詰め物を叩いた音の区別がつかなかった。俺は爪を離して、手を膝に置いた。
「……俺より丁寧だな」
レイが息を呑んだ。
トビーが「え」と言った。
「先生、いま」
「聞くな」
自分でも、聞かれたくなかった。あれは職人が同業の仕事を見たときに出る言葉で、相手が人でないなら成り立たない。
俺は油紙を戻して、殻を工房の隅に立てかけた。
その日、俺は普通に仕事をした。斧を直し、鍋を叩き、脛当ての留めを下げて、番号札の列を回した。何ひとつ変わったことはしなかった。
ただ、片づけのあとで、もう一度あの殻の前に立った。
しばらく立っていた。
ナットが足元に来て、ボルトを置いて、キチ、と鳴いた。




