↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/83

内側から

翌朝、工房に着いたらレイがもう来ていた。


 研磨台の脇に座り込んで、砥石を並べ替えている。粗いものから細かいものへ、きちんと順番に。房にいたころ、あの子がいちばん最初に覚えた仕事がこれだった。


「先生、おはようございます」


「あんた、宿はどうした」


「泊まりました。そこで」


 指した先は、鉄骨の陰に敷かれた毛布だった。大陸で三番目に強いと言われている探索者が、廃材置き場の跡で毛布にくるまって寝ていたことになる。


「宿代を惜しむような身分じゃないだろう」


「惜しんでません。ここのほうが寝られるんです」


「なんでだ」


「砥石の音がするので」


 俺は道具箱を開けて、それ以上訊かないことにした。


 やがてボリスが屋台の煙を上げはじめ、ニナとトビーが来て、アニカとダンが来て、いつも通りに朝の客が並びはじめた。レイは砥石を並べ終えると、当たり前のような顔で錆落としの列に混ざった。宝玉級が錆を落としているのを見た客が最初は固まっていたが、二日もすると誰も気にしなくなった。人というのは大抵のものに慣れる。


 昨日の話の続きを持ち出したのは、朝の客がひととおり片づいたころだった。


「甲殻がどうとか言ってたな」


「はい」


 レイは砥石を置いて、こちらを向いた。


「深いところに、石を背負ったような魔物がいるんです。硬くて、まともに斬れなくて、みんな関節を狙います。それはいいんですけど」


「うん」


「割れてるやつがいるんです。背中の甲殻が」


「誰かが割ったんだろう」


「わたしもそう思いました。でも、割れ目の縁が外に向かって開いてるんですよ。外から殴られたなら、縁は内側に沈むはずですよね」


 俺は当て金を持つ手を止めた。


 鎧でも鍋でも、殴られた側は必ず内側へ落ちる。外へ開くというのは、内側から力がかかったということだ。


「息をしてるうちに割れたのか」


「わかりません。ただ、割れてる個体を続けて見てるので、たまたまじゃないと思います」


「割れてる個体は、弱ってるのか」


「いえ。むしろ、割れてないのより手強いです」


 俺は顔を上げた。


「手強い?」


「動きが速いんです。同じ種類なのに、割れてるやつだけ。最初は別の魔物かと思って、ギルドに報告しかけました」


「しなかったのか」


「証拠がないので。誰も信じません」


 それを聞いて、俺は少し嫌な気分になった。この街では、証拠のないものは無かったことになるらしい。


 俺はしばらく考えて、それから首を振った。


「見てみないと何も言えん」


「ですよね」


「三十階だろう。俺は行けない」


 うちの階級では、そのあたりまで降りるのは死にに行くのと変わらない。ここから先は探索者の領分で、整備士が首を突っ込む話ではなかった。


 そう言って終わらせるつもりだったのだが、レイは立ち上がって外套を羽織りはじめた。


「おい」


「持ってきます」


「持ってくるって、あんた」


「甲殻の破片なら運べます。重いですけど、割れてるのを丸ごと背負ってくれば済むので」


 俺は口を開いて、閉じた。


 こういうところが昔から変わっていない。この子は人の話の途中でもう動きはじめる。


「行くなとは言わんが」


「はい」


「無理はするな」


「先生に組んでもらった剣なので、無理にはなりません」


 レイは笑って、通路のほうへ歩いていった。


 その背中を見送ったあとで、ニナが横から小さい声で言った。


「あの、ゲルトさん」


「なんだ」


「いま、ちょっと嬉しそうでしたよ」


「そんなわけがあるか」


 俺は当て金を持ち直した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。