なおします
工房の登録が済んでから、看板の話が出た。
言い出したのはマレーネで、登録工房には正式な屋号を掲げる義務があるらしい。板きれに炭で書いたやつは、規約上、屋号とは認められないそうだ。
というわけで、全員で案を出すことになった。
「ハウザー工房。無難です」
これがトビー。
「ゲルト整備房」
これがマレーネで、事務的すぎると全員から反対が出た。
「十七階の鍋屋」
アニカ。俺は反対した。
「灰の回廊工房」
ダン。悪くはないが長い。
「ボリスの隣」
ボリス本人。全員が無視した。
「先生の店」
レイ。俺が反対した。断固として反対した。
ヴィオラは何も言わずに、木の板に何か書いて差し出してきた。見ると「工房」とだけ書いてあった。
「あんた、それは屋号じゃない」
「屋号」
「種類だ」
ナットが木片をくわえてきて、俺の足元に置いた。齧った跡が三本ついていて、それを見たダンが「これも案です」と言い、アニカが「じゃあ決まりですね」と言った。何も決まっていない。
ニナは最後まで何も言わなかった。訊いたら、小さい声でこう答えた。
「あの、いまのままがいいです」
「いまのままって」
「あの板です」
彼女は柱に立てかけてある、最初の板きれを指した。俺が房を出た日に、廃材置き場で拾って、炭で書いたやつだ。字は擦れてきていて、下の端が欠けている。
「あれを見て来た人が、たぶん、いちばん多いので」
俺は板を取り上げて、しばらく持っていた。
それから釘を四本取って、柱に打ちつけた。
マレーネが規約を三度読み返して、「炭書きでも屋号として認められる余地はあります」と言った。この人はやっぱり書類が読める。
その晩は、店を早く閉めた。
ボリスが屋台の炭を全部熾して、肉を焼けるだけ焼いた。金は取らないと言うので払おうとしたら、今日は駄目だと押し返された。
「今日は俺の店だ。俺が決める」
「そうか」
「そうだよ」
ニナとアニカとダンが並んで座って、トビーが酒に弱くて先に潰れた。マレーネが眼鏡を外して笑っていて、こんな顔をする人だとは知らなかった。ヴィオラは端のほうで黙々と食べていて、たぶんいちばん食べた。
途中でニナがレイに何か真剣に訊いていて、レイも真面目な顔で答えていた。あとで聞いたら、銀級の試験について訊いていたそうだ。
ボリスが三度目の鍋を火にかけ、マレーネが規約の話をやめて肉の話をはじめ、ダンが酔って斧の振り方を実演しようとして三人がかりで止められた。トビーは机に突っ伏したまま、時々、砥石が、と言っていた。
レイは俺の隣に座って、ずっと何か喋っていた。三十階の話や、遠征の話や、六年前の房の飯がまずかったという話をしていた。
ナットが皿の上に上がってきて、ヴィオラが黙って肉を一切れ落としてやっていた。
俺は椀を持ったまま、その騒ぎを眺めていた。
三か月前、俺は道具箱ひとつを持って、この階の廃材置き場に座っていた。あのときは、こういうことになるとは思っていなかった。というより、何も思っていなかった。
「先生」
レイが言った。
「なんだ」
「三十階に、変な壊れ方をしてる魔物がいるんですけど」
俺は椀を口に運ぶ手を止めた。
「壊れ方?」
「はい。甲殻が、内側から割れてるんです。外から殴られた跡じゃなくて」
レイは肉を噛みながら、なんでもないことのように続けた。
「あれ、なんだと思いますか」




