起きなかったこと
夜、みんなを帰したあとで、俺は棚の前に立った。
明日取りに来ることになっている道具が、二十七本並んでいる。名札は全部ニナの字で、俺には読みにくい俺の字が下に添えてある。
いつも、寝る前にもう一度だけ見る。房にいたころからの癖だった。
左端は、ダンの斧だ。柄を交換して、握りを二分だけ細くした。こいつは振り下ろすとき身体が左に流れるから、細くしておくと最後に指が締まる。
その隣は、名前を知らない銅級の脛当てで、留めを一段下げた。膝を庇う癖があるから、下げないと三か月で内側が裂ける。
次が短剣で、刃の角度を起こしてある。研ぎ方が寝すぎていたので、教えたが、たぶん半分は忘れて帰る。それでも次に来るときは、少しましになっている。
その隣が籠手。留め鋲を四本とも新しくした。四か月前の俺の字で、要交換と書いてあったやつだ。
鍋がひとつ。アニカのではない、別の誰かのだ。
槍が二本。片方は穂先を打ち直して、片方は柄だけ替えた。
湯沸かしがひとつ。これはもう直らないが、持ち主が捨てたくないと言うので、底に別の底を重ねて溶接した。あと二年はもつ。
胸当て。留め具を二つ。三つ目は要らないと言った、あの男のやつだ。
弓が一張り。弦を張り替えて、握りに布を巻いた。この持ち主は指が長い。
盾が一枚。裏の握り帯を付け替えた。左肩で受ける癖があるから、帯の位置を親指一本ぶん上げてある。
水筒がひとつ。栓が合わなくなっていたので削って合わせた。武具ではないが、深層で水が漏れるのは武具が壊れるのと同じくらい危ない。
小刀が三本。同じ隊のもので、三本とも同じ研ぎ方がしてあった。ひとりが教えて、二人が覚えたんだろう。うち一本だけ角度が違っていて、それがたぶん教えた側だ。
もう一度、槍。ニナのだ。柄はまだ替えなくていいので、穂先を一度落として返した。
鎖帷子が一領。輪が十一か所切れていたので繋いだ。繋いだ場所は分かるようにしてある。次に切れるならそこからだからだ。
そこから先も、順番に見ていった。
この二十七本のうち、明日、何が起きなかったのかを俺は知らない。折れなかった骨のことも、裂けなかった腱のことも、届かなかった訃報のことも、誰も数えない。数えられないし、記録にも残らない。
棚の上に、ナットがいた。
ボルトを一本くわえて、道具の間を器用に歩いて、いちばん端まで行って、そこにことりと置いた。
「そこじゃない」
キチ。
「そこは明日、人が取りに来る」
キチ。
俺はボルトをつまんで、道具箱に放り込んだ。
工房を出ると、ボリスがまだ屋台を片づけていた。
「遅いな」
「見てた」
「棚か」
「棚だ」
ボリスは鍋を布で拭きながら、こちらを見もせずに訊いた。
「なあ、ゲルトさんよ」
「なんだ」
「あんた、二十年で何人助けた」
俺は少し考えた。考えたが、何も出てこなかった。
「知らん」
ボリスは、鍋を台の下にしまった。
「そうだろうな」




