ナットが来た
五人は灰級と銅級で、ニナと同じ「野良」だった。クランに入れず、少人数で浅い層を回して日銭を稼ぐ層のことで、この街の探索者の八割はここにいる。
持ってきたのはひどい代物ばかりで、柄のがたついた斧、留め金の飛んだ胸当て、刃が波打った短剣、片方だけの籠手と続き、なぜか最後に鍋が出てきた。
「これは」
「拠点で使ってて、底が抜けちゃって」
「……まあ、直すけどな」
道具箱を開けても中身は三十点に届かないし、研磨輪も炉もない。あるのは砥石と腕と目だけだから、先に全部並べさせることにした。六人ぶんの武具を木箱の上に一列にして、端から順に持ち上げていく。持ち上げて、傾けて、光に当てて、指でなぞる。この作業が仕事の九割で、直すのは残りの一割にすぎない。
「斧の兄さん」
「はい」
「右利きなのに、振り下ろすとき身体が左へ半歩流れてるだろう」
「……えっ、なんで分かるんですか」
「刃の減りが左に寄ってるし、柄に染みた手の脂の位置がここにある。つまり、こう握ってる」
俺が握って見せると、男は自分の手のひらをまじまじと見ていた。
「胸当ての人。留め金は直すが、その前にひとつ。あんた、殴られる前に息を止める癖があるな」
「あ、あります」
「やめたほうがいい。息を止めたまま衝撃をもらうと肋が持たない。吐きながら受けろ」
「短剣の人は研ぎ方が違う。角度を寝かせすぎだ。あとで教える」
「鍋は底を叩き出すだけだから、まあ、待っててくれ」
六人が黙って俺を見ていて、その沈黙が妙に長かったので、まずいことを言ったかと思った。俺はもう主任でもなんでもなく、他人の癖に口を出す立場にない、ただの無職だ。
「あー、悪い。余計なことだったな」
「いや」
斧の男が首を振った。
「いや、あの、おっさん、何者なんですか」
「クビになった整備士だよ」
「そうじゃなくて」
「そうなんだけどな」
本当にそうなんだから、ほかに言いようがなかった。
作業を始めて二時間ほど経ったころ、視界の端で灰色のものが動いた。
鉄骨の陰から出てきたのは鼠で、この階層に住みついている最下級の魔物だ。人を襲わないし攻撃力もないし、討伐報酬は銅貨一枚にもならない。そいつが俺の足元まで来ると、口にくわえていたものをことりと落として、じっとこちらを見上げてきた。
拾ってみると、それは錆びた六角のボルトだった。たぶんこのあたりの廃材から抜いてきたんだろう。
「……なんだお前」
鼠は前歯を鳴らして、キチ、と鳴いた。金属めいた光沢のある前歯で、そういえばこいつらは鉄をかじって歯を研ぐ習性があると、どこかで読んだ覚えがある。
「これ、俺にくれるのか」
キチ。
「合うサイズじゃないんだがな」
キチ。
「まあ、もらっとくよ」
鼠は満足したのか鉄骨の陰に引っ込んで、そのあと三度戻ってきた。二度目は座金、三度目は錆びた釘で、四度目に持ってきたのはただの木くずだった。
「おっさん、そいつ懐いてますよ」
「懐かれても困る」
「名前つけてやったらどうすか」
「ナット」
「即答ですね」
悩む理由がどこにもない。持ってきたのがボルトで、歯が鋼で、鼠なのだから、ほかに何をつけろというんだ。
夜が更けるころ、六人ぶんが全部終わった。最後に鍋を返したとき、持ち主の娘が半泣きになっていて、鍋で泣くのかと一瞬思ったが、たぶん鍋のことではなかったんだろう。
「あの、おいくらですか」
「掃除でいい」
「え」
「そこの通路の瓦礫をどけてくれ。あと水があると助かる。研ぎに使うんだ」
六人は顔を見合わせて、それからとんでもなく働いた。夜半を過ぎるまで働いて、朝になるころには灰の回廊の一角が、どうにか工房らしい形になっていた。俺は道具箱の上に座ってそれを眺めながら、悪くないな、と思っていた。
その晩、冒険者ギルド・ヴェルナ支部の伝言板に、紙切れが一枚留められた。
『十七階の灰の回廊に、変なおっさんの店ができてる』




