バランスが悪い
受け取って、三秒で分かった。
「安いな、これ」
「……はい」
「型に流した量産品で、穂先が別付け、柄が中空だ。相場なら銅貨十二枚といったところだろう」
「十五枚でした」
「ぼられてるな」
女の子が少しだけ顔を上げて、前髪の隙間から目が見えた。当てられたことに驚いている目ではなく、誰かに何か言われたこと自体に驚いている目だったので、この子はあまり人と喋っていないんだろうと思った。
「折れたのは今日か」
「昨日、です」
「三層か、四層だな」
「四層、です。あの、なんで」
「柄の欠け方だよ。四層に出る岩猪の牙は先が二股に割れてるから、傷が二本並んで残る」
折れ口を指でなぞると、中空の柄が内側から潰れていた。外からではなく内側からということは、折られたのではなく自分で折っているということになる。
「……直りますか」
「直るよ。柄は継げないから交換だ。そこの鉄骨から使えそうな管を切り出して、穂先を移す。三日くれ」
「三日」
「悪いな。ここには設備がないから、全部手でやることになる」
女の子は黙ったまま財布を出して、小さな革の袋の中を覗いてから、また閉じた。それからもう一度開けて、また閉じた。その動作だけで全部わかってしまったので、俺のほうから先に言うことにした。
「金は要らない」
「え」
「暇なんだ。今日クビになったばかりでな。時間だけはある」
「でも」
「じゃあそのへんを掃除しといてくれ。俺が作業する場所がない」
彼女はしばらく固まっていたが、やがて小さく、はい、と言った。名前を訊くとニナ・アルトと答え、十七で、等級は灰だと続けた。訊いてもいないのに学舎には行っていないとも言ったが、その言い方はずいぶん言い慣れていて、たぶんこれまでに何度も、先回りして言わされてきたんだろうと思った。
俺は槍を膝に置いたまま、言うか言うまいかを少しのあいだ迷っていた。
整備士は道具のことだけ言えばいい、人間のことに口を出すのは越権だと、二十年そう教わってきたし、実際そう思っている。ただ、この柄の潰れ方はどうにも嫌な感じがして、結局は口のほうが先に動いた。
「ニナ」
「はい」
「余計なことなんだが」
俺は柄の残骸を持ち上げて、彼女の目の高さに合わせた。
「ここが内側から潰れてる。突いた瞬間に槍の先が上へ跳ねてるんだ。前に出るはずの力が、下に逃げてる」
「……はい」
「原因は右足だな。踏み込むときに右へ体重を乗せすぎてるから、腰が回りきる前に穂先が浮く。二度や三度なら折れないが、何百回もやったから折れた。つまり癖だ」
「くせ」
「癖は直る。ただ、直さないと次に折れるのは槍じゃない」
言うことじゃないと分かっていながら、俺はそのまま口に出した。
「膝だ。君の右膝が同じ折れ方をする。そうなったらもう、そこから先は戻らない」
しんとして、迷宮の底を流れる低い風の音だけが聞こえていた。ニナは長いこと黙っていたが、やがて掠れた声で訊いてきた。
「……なんで、そんなことが分かるんですか」
「二十年これをやってると、分かる」
俺は本気でそう思っていた。二十年もやれば誰だってこうなるのであって、俺は特別なことなど何ひとつ言っていない。このときの俺は心の底からそう信じていたし、それがのちにいろんな人間を怒らせることになるとは、まだ知らなかった。
三日後の夕方、俺は木箱の上で継ぎ終わった柄の最終調整をしていた。
管を切って内側に木を仕込み、握りの部分に麻布を巻いてある。俺の巻き方だと右手側がわずかに太くなるが、彼女は左寄りの両利きだから、そのほうが手に合うはずだった。指一本で支えて重心を確かめてみると、悪くない位置に来ている。
顔を上げたら、通路の入口に人がいた。ニナだった。生きて帰ってきていて、そこまでは想定の内だったが、想定していなかったのは後ろに五人いたことだ。全員が防具をぼろぼろにしていて、全員が何か壊れたものを抱えていた。
ニナが前髪の下からこちらを見て、三日前より少しだけ大きい声で言った。
「あの。膝、大丈夫でした」
それから、後ろを親指で指した。
「この人たちも、直してほしいって」




