名簿
「お断りします」
マレーネは、俺が名前を書き写した紙を見もせずにそう言った。
「探索者の所属と現在の等級は、ギルドが管理する個人の記録です。第三者への開示は認められていません。あなたが元の担当整備士であることも、開示の理由にはなりません」
「そうか」
「はい」
「じゃあ、こうしよう。俺は名前を言う。あんたは何も言わなくていい。ただ、その人がもう潜っていないなら、うなずいてくれ」
「それも同じことです」
「同じか」
「同じです」
まったく取りつく島がない。俺は紙を畳んで懐に入れた。
マレーネは眼鏡を押し上げて、綴じ帳を開いて、羽根ペンを構えた。それから、その姿勢のまま動かなくなった。
「……理由を、お伺いしてもよろしいですか」
「二十件、俺が交換しろと書いて、交換されてない装備がある。その二十人が、いま何を持って潜ってるのか知りたい」
「四か月前の所見ですよね」
「四か月前だ」
「四か月あれば、通常は別の整備士が点検しているはずです」
「してるだろうな。鑑定盤でな」
マレーネの羽根ペンが、紙の上で止まった。
「鑑定盤は数値を出す。数値は正しい。ただ、あれは持ち主を見ない。同じ籠手でも、左肩を庇うやつが使えば留め鋲に力が寄る。そういうのは数字に出ない」
「……出ない、のですか」
「出るころには折れてる」
マレーネは羽根ペンを置いて、置いてから、置いたことに自分で気づいたような顔をした。
「……ハウザーさん。ひとつ伺ってもよろしいですか」
「なんだ」
「一等の実技で、三十七本すべてを読まれたと伺いました」
「二十二年前の話だ」
「そのとき、所見に何を書かれたんですか」
少し考えたが、正直よく覚えていない。ただ、一本だけ覚えていた。
「三十七本のうち一本だけ、持ち主が死んでる装備が混じってた」
「……はい」
「そう書いた」
マレーネが息を止めたのが分かった。
「試験官には怒られたよ。そんなことは訊いていないとな」
「でも、合格されたんですね」
「合格した」
しばらく、彼女は何も言わなかった。
やがて綴じ帳を閉じて、立ち上がって、壁際の書架のほうへ歩いていった。戻ってきたとき、手には別の帳面を持っていた。
「ギルドは、探索者の個人記録を第三者に開示できません」
「聞いた」
「ただし、迷宮内での事故防止を目的として、登録工房から装備の点検案内を出したいという申し出があった場合、ギルドは対象者に対して案内を転送する業務を行います。これは規約の第四十一条にあります」
彼女は帳面を開いて、こちらに向けた。
「工房は宛先を知りません。ギルドが預かって、ギルドが送ります。手数料は一通につき銅貨二枚です」
俺は帳面を見て、それからマレーネを見た。
「あんた、書類が読めるんだな」
「三度落ちましたが、筆記は毎回上位でしたので」
彼女は眼鏡を押し上げて、少しだけ胸を張った。
「二十通、お出しになりますか」
「出す」
「文面は、こちらで用意しますか」
「いや」
俺は振り返って、工房の隅で錆落としをしているニナを見た。
「うちに、字のきれいなのがいる」




