点検簿の写し
トビーの荷の底から出てきたのは、束ねた紙の山だった。
厚さで言えば拳ひとつぶんくらいで、麻紐で三か所を縛ってある。開いてみると、房の点検簿を書き写したものだった。日付、装備の種別、所有者、所見。全部、手で写してある。
「これ、あんたが写したのか」
「はい」
「いつ」
「房が閉まる前の三日間です。夜に残って写しました」
「持ち出しは禁じられてるだろう」
「原本は置いてきました。写しなら、たぶん、その、微妙だと思いまして」
「微妙で済むか」
俺は紙束を膝に乗せて、上から順に読みはじめた。
自分の字だった。二十年ぶん見慣れた、右上がりの読みにくい字が、他人の手で丁寧に写されている。トビーの写しのほうが、俺の原本より字が整っていた。
読んでいくと、いろんなものが出てきた。
三年前の秋、俺は同じ男の胸当てを四回続けて異常なしと書いていて、四回目の下に小さく「太った」と書き足していた。装備が合わなくなっただけで、本人には言わなかったらしい。二年前の春には、槍の穂先を七本続けて交換した記録がある。あの年は素材の質が落ちていて、房じゅうで揉めていた。
一年前の冬に、俺は自分の道具の点検をしていた。誰も見てくれないので年に一度は自分で書くことにしていて、所見の欄に「ノギスの精度が落ちている、買い替えろ」とある。買い替えていない。
三十枚ほど読んだところで、俺は読み方を変えた。
所見の欄だけを追った。「異常なし」「要研磨」「留め金交換済」と続いていくなかに、時々、別の書き方の行が混じっている。俺が書く「要交換」というのは、房では少し特別な意味を持っていた。数値が基準を割っていなくても、俺の目で見て駄目だと判断したときにだけ書く言葉で、これを書いた場合は使用者に直接伝えるのが決まりだった。
その「要交換」を、指で数えていった。
十を過ぎたあたりで、隣に座っていたニナが手を止めた。
「ゲルトさん」
「うん」
「その紙、なんですか」
「宿題だ」
最後まで読み終えたのは、日付が変わるころだった。ニナはとっくに帰らせたし、トビーも研磨台の脇で寝ていた。ボリスが屋台をたたむ音が遠くでしていて、ナットが足元でボルトを並べては崩していた。
俺は最後の一枚を置いて、目を閉じた。
二十件だった。
名前を順に読み返してみると、顔が浮かぶのが十一人、名前だけ知っているのが六人、まったく覚えのないのが三人いた。二十年で十二万本を見ていると、そういうことになる。
覚えのない三人のところで、俺は指を止めた。覚えていないということは、その装備を一度しか見ていないということで、一度しか見ていない相手に要交換と書いたのなら、それはよほどのものだったはずだった。
房が閉じた日までに、俺が「要交換」と書いて、交換の記録が残っていない装備が、二十件。
そのうちの一件が、カイ・レンドルの左籠手だった。
起きてから探せば、そこにあるのは事故の記録だ。だが起きる前に探すと、そこにあるのはただの名前の列でしかない。名前の列を前にして、俺はしばらく動けなかった。
やがて、研磨台の脇で寝ていたトビーが寝返りを打った。
俺はそいつを蹴って起こした。
「トビー」
「……はい」
「この二十人、いまどこにいる」




