給金袋
登録が下りて七日目に、俺は三人を正式に雇うことにした。
ニナと、アニカと、ダンだ。マレーネが持ってきた雇用の書式に名前を書かせて、印を押させて、それで終わりだった。
「あの、これ、なんの紙ですか」
「雇用契約だ」
「こよう」
「あんたら、うちの従業員になった。今日から」
三人が顔を見合わせた。
「金は出る。日に銅貨四十枚だ。ボリスの飯は経費で出す」
アニカが小さく悲鳴を上げた。ダンは口を開けたまま固まっていた。
「あの、四十枚って」
「相場を訊いたら、街の見習いで三十だそうだ。あんたらは三十より働いてる」
「多すぎませんか」
「多くはない。うちは危ない場所にあるから、その分だ」
本当のことを言えば、相場を訊いて回ったのはトビーだった。街の見習いが三十、工房の下働きが三十五、危険の分を乗せて四十だと調べてきた。俺は数字を出されるまで、人をひとり雇うのにいくら要るのかすら知らなかった。二十年、給金をもらう側にいたからだ。
その日の夕方、俺は三人に袋を渡した。
布の小袋に銅貨を入れただけの粗末なやつで、口を紐でしばってある。房にいたころ、俺の給金もこの形で出ていた。
アニカは袋を頭の上に掲げてはしゃいでいたし、ダンは何度も中を数えていた。
ニナは、袋を両手で受け取ったまま、動かなくなった。
しばらく、本当に動かなかった。
「……ニナ」
「はい」
「軽いか」
「いえ」
「重いか」
「……はい」
彼女は袋を胸に抱えて、それから深く頭を下げた。頭を下げたまま、なかなか上げなかった。
「母さんの薬代、払えます」
「そうか」
「今月ぶん、二日後が期限で、それで、どうしようって、ずっと」
「言えばよかっただろう」
「言えないです」
「そうか」
俺は研磨台のほうに向き直って、次の仕事に取りかかった。振り返らなかったのは、そのほうがあの子が泣きやすいだろうと思ったからだ。
しばらくして、後ろで洟をすする音がして、それからいつも通りの声が聞こえた。
「あの、明日、母さんに会ってもらえませんか」
「俺がか」
「はい。あの、うちの人に、その、雇ってもらった人だって、言いたくて」
「うちの人」
「あ、いえ、あの、そういう意味じゃなくて」
ダンが盛大に噴き出して、アニカが手を叩いて笑った。ニナは真っ赤になって、槍を持って逃げようとして、鉄骨に頭をぶつけた。
俺は研磨台の音を聞いていた。
その晩、店じまいをして通路を出ようとしたとき、入口のところに人が立っていた。
若い男で、旅装の上から外套を羽織っている。その外套の胸に、見慣れた紋章が縫いつけてあった。
アルゴノートの紋章だった。




