炉が入った日
資材が降りてきたのは、それから十一日後の朝だった。
ギルドの荷運びが四人がかりで台車を押してきて、灰の回廊の入口から順に荷を下ろしていく。木箱がひとつ、またひとつと積まれて、最後に、油紙にくるまれた重いやつが二つ降りた。
俺は油紙を解いた。
鋳物の脚。厚い天板。中央に据えられた砥輪。二十年、房で毎日使っていたのと同じ型の研磨台だった。手前に足踏みの板がついていて、蹴れば回る。
もうひとつは穴あけ台で、こちらは新品だった。梱包の油の匂いがした。
木箱のほうには砥石が二十四本入っていて、粗いものから順にきちんと並べてあった。いちばん細かいやつは、房で使っていたのと同じ産地のものだ。ニナが一本持ち上げて、重い、と言った。
「砥石は重いほうがいい。手で押さえずに済む」
「これ、全部使うんですか」
「使うよ。一年もたない」
「ゲルトさん、どこに置きます?」
ダンが訊いてきたが、俺はすぐには答えなかった。
答えられなかった、というほうが近い。
しばらく天板に手を置いていた。冷たかった。鋳物は朝のうちは冷たい。
「……そこの、鉄骨の間だ。壁を背にしろ。研ぎは背中から風が来ると粉が目に入る」
「はい」
「穴あけ台は反対側だ。研磨台の隣に置くと粉を吸う」
二人が運んでいくのを見ながら、俺は自分の右手をぐう、と握って、開いた。
二十年やっていた形に、勝手に戻っていた。
据えつけが終わって、俺は足踏み板を軽く蹴ってみた。砥輪が回った。回りはじめの音を聞いて、二回蹴って、三回蹴って、それから止めた。
「軸が少しずれてるな」
「そうなんですか?」
「音でわかる。締め直す」
六角の鍵を取って、台の下にもぐった。締めて、蹴って、聞いて、また締めた。四度目で音が変わった。
もぐったまま、しばらく出てこなかった。
「ゲルトさん?」
「……いま行く」
鋳物の裏側というのは、埃っぽくて、油くさくて、暗い。
二十年ぶんの馴染んだ匂いだった。
その日は、日が暮れるまで誰の武器も直さなかった。
代わりに、砥輪の面を出し、穴あけ台の心を出し、作業台の高さを自分の腰に合わせて削り、道具の置き場所を全部決めた。ニナたちが手伝おうとしたので、これは俺がやると言って追い返した。
工房というのは、そういうものだからだ。
夜、片づけたあとでボリスの屋台に行くと、椀と一緒に酒が出てきた。
「なんだこれは」
「祝いだよ」
「別に何も祝うことは」
「あんた、今日はよく喋ってたぞ」
俺は椀に口をつけて、それから、口をつけたまま少し止まった。
「そうか」
「そうだよ。朝から、俺が数えただけで二百回は喋ってた」
「数えるな」
「暇だったんだ」
ボリスは炭を寄せながら笑った。
「あんたな、房を出てからずっと、必要なことしか言わなかっただろう」
「そうだったか」
「そうだよ。今日は必要ないことばっかり言ってた」
俺は酒を飲んだ。ひどく安い酒だったが、悪くなかった。
少し離れたところで、ニナが研磨台の砥輪をそっと指で撫でていた。触っていいですかと訊かれたので、いいぞ、と答えたら、両手で撫でていた。




