三百人
翌朝、灰の回廊に着いた俺が最初に見たのは、通路の曲がり角の向こうまで伸びている人の列だった。
数える気にもならなかったが、あとでニナが数えたら三百十四人いたそうだ。
全員がこちらを見て、全員が壊れたものを抱えていた。
「……ボリス」
「おう」
「肉、足りるか」
「足りるわけねえだろ」
俺は道具箱を開けて、そのまま蓋を閉めた。開けたところでどうにもならない。ひとり一本に半刻かけたとして、三百本で百五十刻、七日かかる計算になる。
そのとき、隣で高い声がした。
「あ、あの!」
ニナだった。列の前に出て、両手を広げて、震えていた。
「順番を、決めます!」
三百十四人が、ぴたりと静かになった。
あとで本人に聞いたら、あのときは頭が真っ白で何を言ったのか覚えていないと言っていたが、俺の記憶では、あの子はこう言った。
「壊れてる人から先です!」
誰かが、はあ、と間の抜けた返事をした。
「今日、潜る予定の人は前に来てください。明日以降の人は後ろです。武器が使えない人は、その中でさらに前です。防具だけの人は、明日また来てください。今日じゃなくても死なないので」
列がざわめいた。
「あと、点検だけでいい人は、こっちに別の列を作ってください。ゲルトさんが見るのは、三秒なので」
三秒なので、というところで、列のあちこちから笑いが起きた。
その笑いで空気が変わったのが分かった。三百人の敵意みたいなものが、いっぺんに抜けていった。
ニナは木札を配りはじめて、数が足りなくなると、そのへんの板を割って炭で数字を書いた。アニカとダンが手伝って、途中からは並んでいる客のほうが手伝いはじめた。
俺は木箱に座って、三秒の列を回した。
持ち上げて、傾けて、光に当てて、指でなぞる。
「肩が上がってる」「柄が長い、指一本切れ」「これは今日やめとけ、明日にしろ」「あんたは大丈夫だ、行ってこい」
途中で声が出なくなって、ニナが水を持ってきた。飲んで、また続けた。三秒で読むというのは楽な仕事に見えるらしいが、実際にやると目の奥が痛くなってくる。二百本を超えたあたりから傷の像がぼやけはじめたので、俺は一度道具を置いて、目を閉じて三十数えた。
目を開けると、ニナが黙って隣に立っていた。
「まだ、七十人います」
「そうか」
「ゲルトさん、あと何人いけますか」
訊き方がうまいな、と思った。やめろとも頑張れとも言っていない。
「七十だ」
「じゃあ、七十で締めます」
夕方までに、二百七十人を見た。
そのころには、ニナが列の三か所に人を配置して、水を配らせて、ボリスの屋台に第二の鍋を出させていた。誰も並べとは言っていないのに、みんな並んでいた。
俺は最後の一本を返して、ようやく息をついた。
顔を上げると、通路の入口に女がひとり立っていた。
列には並んでいない。四十がらみで、眼鏡をかけていて、灰色の外套の下にギルドの記章が見えた。
彼女は分厚い綴じ帳を胸に抱えていて、こちらを見て、事務的な声で言った。
「こちらでの営業について、届出はお出しですか」




