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夏風邪と夢

「それで、奥様はまだお風邪を召されていると?」


観葉植物の整理を終えたクロードは、手際よく茶器と茶菓子を卓へ並べ終えると、向かいに腰を下ろしたレオンハルトへ静かに紅茶を差し出した。


本日のお茶請けは、アルヴェリアから観葉植物と共に届けられた焼き菓子である。交易品とあわせ、その国で親しまれている菓子や茶葉も折に触れて届けられるため、ラヴィリエではそれらを実際に口にし、感想を添えた手紙と、自国の菓子を返礼として贈るのが、いつしか習わしとなっていた。


湯気を立てる紅茶からは、柑橘と花蜜を思わせる甘やかな香りがふわりと立ちのぼる。


しばし穏やかな静寂が流れたあと、クロードは紅茶へ口をつけながら静かに問いかけた。


「ああ。随分と顔が紅潮していた」

「今朝、メルディアからは熱も落ち着いたと報告を受けておりましたが…まだ本調子ではなかったようですね」


ハンナは、リリエが熱を出したその日、今にも泣き出しそうな面持ちでクロードのもとを訪れた。


リリエ付きとなった日から、一日のご様子や出来事を報告することは、侍女として課せられた大切な務めである。

もっとも、その報告がすべてレオンハルトへ届くわけではない。日々の些細な出来事は、クロードとハンナの間で処理されることがほとんどだ。

だが、何か異変があった時だけは別である。

奥方の体調や、不審な出来事。そうした報告だけが、クロードを介してレオンハルトへ届けられていた。


リリエが床に伏せたこともまた、その日のうちに伝えられている。どのみち、この数日は書斎で例の『信頼を深める会』が続いていた。執務机を挟み、仕事をするレオンハルトの前へ座らされ、世間話をする日もあれば、互いに何も話さぬまま静かな時間だけが過ぎていく日もある。


何とも不思議な時間ではあったが、それもまた二人の日課になりつつあった。


もっとも、流行り病や人へ移る病でないと断言できるまでは、レオンハルトが直接リリエの部屋を訪れることは、クロードから固く止められていた。


それに加え、高熱に苦しむ姿を見られることは、公爵令嬢としても本意ではないだろう――そんな配慮もあった。


体調の報告を受けたレオンハルトは、山のように積まれた書簡へ目を落としたまま、「そうか」とだけ短く返した。


体調を気遣う言葉こそ口にしたものの、その後は何事もなかったかのように執務へ意識を戻してしまう。


だが、その日の夜、宮殿中が静寂に包まれた頃、誰にも気付かれぬよう自室を抜け出し、そっとリリエの部屋を訪れていたことを知るのは、偶然その姿を目にしたクロードだけだった。


「だから追い出されたと?」


くつくつ、と喉を鳴らして笑うクロードに、図星を突かれたレオンハルトは、紅茶を一口含みながら僅かに眉を顰める。

その反応だけで十分だった。

クロードはとうとう堪えきれなくなり、「失礼」と小さく断ってから、ぶはっと吹き出した。


顔を真っ赤にしたリリエを見るや否や、ハンナは大慌てでレオンハルトを押しのけ、そのままリリエを寝台へ寝かせると、ふわふわの羽毛布団で包み込むようにぐるぐると巻いてしまった。

リリエは何度か、何かを言おうと口を開きかけていたものの、ハンナの勢いに押され最後には観念したように大人しく身を委ねるほかなかった。


一方、押しのけられたレオンハルトはというと、その一連の様子をただ呆然と眺めているばかりである。

そんな彼の背中を、今度はハンナがぐいぐいと扉の外へ押していく。


「殿下。どうか奥様が快癒なさるまでは、お部屋へお越しになることはお控えくださいませ」


有無を言わせぬ口調でそう言い切ると、


「失礼いたします」


ぱたん、と扉は容赦なく閉められたのだった。



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