第66話 あり得ない構造
ひとまず地上へと戻った。
簡易テントの下で、干し肉をはさんだパンとビールの軽食をとる。
みんなの顔には、隠しようのない落胆が見てとれた。
「達成感を味わえると思いきや、腹ペコになっただけだった」
露骨に口に出すのは、冶金師のニウだ。
思ったことがすぐ口に出る。
空気を読め、と測量士のクティに背中を叩かれていた。
食事をとっていると、ダシュル分隊長が兵士とともに現れた。
午前中は所用でギザを離れると言っていたのだ。
地下の調査結果を報告すると、ダシュルは腕を組んでうなずいた。
「ご覧になりますか?」
ダクトが訊くと、
「きみ達が確認しているなら、もういい。午後からは上を調べよう」
(上?)
セスがきょとんとすると、石工のハベンが耳打ちした。
「赤色花崗岩の地点からは、上昇通路も見つかってるんだ」
そういえば──
迂回路に入った直後、頭上に空洞らしきものが見えた気がした。
あれが上昇通路だったのか?
ダシュル分隊長と兵士五人が合流した。
再び盗賊の侵入口から内部へと足を踏み入れる。
増水期も終わりに近いが、日差しはまだ強い。
第一の塔の内部は、さすがにひんやりと感じる。
下降通路の手前で、ダクトが立ち止まった。
石ランプで照らした壁に、人が通れるほどの穴が口を開けている。
(やっぱり見間違いじゃなかった)
セスが奥をのぞき込もうとすると、ダクトに腕を引っ張られた。
二人の兵士が穴の縁に手をかけて器用に登っていく。
セスたちは縄梯子を下ろしてもらい、なんとか上昇通路に入った。
「お前たち三人は、ここで待機していろ」
ダシュル分隊長が、縄梯子の下にいる兵士たちに命じた。
「何かあったら知らせるように」
兵士たちが「はいっ」と答える。
ここからはダシュル分隊長が先頭だ。兵士二人が後に続く。
石ランプをかざしながら、男たちは上昇通路を登った。
こちらも、かなり狭い。
大人ひとり分のスペースしかない。
「この狭さじゃ、荷物の搬送には向かないな」
「まったくだ。軽装でも辛い」
(歩くのさえ不便だなんて──)
セスの頭に疑問が生まれる。
(だったら、この通路を作った目的は?)
ダシュルを先頭に、十人は黙々と上昇通路を登っていく。
大柄なダシュルとダクトは、ほぼ直角に腰を曲げて進まねばならない。
「勘弁してくれ、腰が折れそうだ!」
冶金師のニウが、弱音を吐く。
次第に、汗がにじみ出る。
思った以上に湿度と気温が高い。
密封されていたせいか空気がよどんでいる。
「こっちの通路は、かなり暑いな」
「下降通路とは真夏と真冬ほどの差だ」
「妙なニオイがしないか?」
「お前の体臭だろう!」
「おいおい、笑わせないでくれ」
石工のハベンが叫ぶ。
「うっかり足を滑らせちまう。下まで転げ落ちるぞ」
「この通路、天井が低すぎだろ」
鉱夫のアムは不満そうだ。
「屈まないと登れん坂なんて、使い勝手が悪すぎる」
「人がまともに歩けないような通路、誰が設計しやがった」
「人のための通路じゃないのかもしれないぞ」
「だったら、何のための通路だ?」
「そんなの知るか」
悪態をついていた口は、やがて呼吸するだけで精一杯になった。
登っても登っても、まだ上がある。
壁に手を添えながら中腰で進んだ。
青空が恋しくなった。
風を感じたい。
新鮮な空気が吸いたい。
あまりの閉そく感に、息が詰まりそうだ。
このまま石壁に挟まれてしまう感覚に襲われる。
ほのかな恐怖心を覚え、セスは頭を振った。
(しっかりしろ!)
セスのこめかみを汗が流れていく──。
「着いたぞ」
前を行くダクトが、すっと消えた。
セスの頭に迫っていた天井も、ふっと消える。
いきなりの解放感だ。
セスは、巨大な空間に立っていた。
高い。
異様なほど天井が高い。
まるで巨大な石の峡谷の底に立っているようだ。
壁は、なぜか段々になっていた。
上に行くにつれて、少しずつせり出している。
不思議な構造だ。
天井ははるか頭上にある。
石ランプの光はとても届かない。
「ここは……?」
セスはつぶやいた。
誰も答えない。
全員が圧倒されていた。
「ここは、本当に第一の塔の内部か?」
「罠か仕掛けがあるんじゃ……」
「おい! 妙なことを言うな!」
石ランプの灯りが、男たちの吐息にゆらゆら揺れる。
壁に映る人影が生き物のようにうごめいた。
「この空間の大きさは?」
ダクトが訊くと、測量士のクティが周囲に視線を走らせた。
「王肘尺で高さは……十七(9m)、長さは九十六弱(50m弱)、幅は四(2m)といったところでしょうかな」
「こりゃあ通路じゃないな」
セスもそう感じていた。
人の通り道に、これほどの高さは必要ない。
この空間は桁違いに巨大すぎる。
あの赤色花崗岩と同じだ。
あるはずのない物が、あるべきでない場所にある。
「神の塔か……」
ダクトがつぶやいた。
ぽかんと口を開けたまま、石工のハベンがうなずく。
「専門家として、これをどう見る?」
ダシュル分隊長が訊くと、ダクトはすぐさま答えた。
「あり得ない構造です」
「つまり?」
ダクトは、せり出した階段状の壁を指差した。
「私たちの頭上には何百万個もの巨石がある。積み上げるだけでも脅威的だ。しかも、これだけの空間を石積みの間に設けている。まるで人間技とは思えない。相当の重量を支える壁には亀裂もなければ、ずれもない」
ダクトの声がわずかに震えていた。
「私には、この建築法がまったく思い浮かびません」
人智を超えた建造物──神の塔。
男たちの間にずしりと沈黙が落ちる。
そのとき──
かすかな笛の音が聞こえてきた。
甲高い音で、独特のリズムを刻んでいる。
「なんだ?」
「どうした?」
慌てる男たちに、
「静かに!」
ダシュル分隊長が探るように目を閉じた──。
やがて、かっとその目を見開く。
「どうしました?」
「何事です?」
「地震が来るなんて言わないでくださいよ」
不安そうな男たちに、ダシュル分隊長が首を振る。
そして、上昇通路へと足早に戻りはじめた。
「どうしたんです?!」
ダクトの声に、ダシュル分隊長がふり返った。
橙色の灯りが張りつめた表情を照らす。
「王が、出兵を命じられた」
全身に汗をかいていたセスの背中に、ぞくりと冷たいものが走った。




