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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第11章 転機の前兆

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第66話 あり得ない構造

 ひとまず地上へと戻った。

 簡易テントの下で、干し肉をはさんだパンとビールの軽食をとる。

 みんなの顔には、隠しようのない落胆が見てとれた。

 

「達成感を味わえると思いきや、腹ペコになっただけだった」


 露骨に口に出すのは、冶金師《やきんし》のニウだ。

 思ったことがすぐ口に出る。

 空気を読め、と測量士のクティに背中を叩かれていた。


 食事をとっていると、ダシュル分隊長が兵士とともに現れた。

 午前中は所用でギザを離れると言っていたのだ。

 地下の調査結果を報告すると、ダシュルは腕を組んでうなずいた。


「ご覧になりますか?」


 ダクトが訊くと、


「きみ達が確認しているなら、もういい。午後からは上を調べよう」


(上?)


 セスがきょとんとすると、石工のハベンが耳打ちした。


「赤色花崗岩の地点からは、上昇通路も見つかってるんだ」

 

 そういえば──

 迂回路に入った直後、頭上に空洞らしきものが見えた気がした。

 あれが上昇通路だったのか?

 

 ダシュル分隊長と兵士五人が合流した。

 再び盗賊の侵入口から内部へと足を踏み入れる。


 増水期《アケト》も終わりに近いが、日差しはまだ強い。

 第一の塔の内部は、さすがにひんやりと感じる。


 下降通路の手前で、ダクトが立ち止まった。

 石ランプで照らした壁に、人が通れるほどの穴が口を開けている。


(やっぱり見間違いじゃなかった)


 セスが奥をのぞき込もうとすると、ダクトに腕を引っ張られた。

 二人の兵士が穴の縁に手をかけて器用に登っていく。

 セスたちは縄梯子を下ろしてもらい、なんとか上昇通路に入った。


「お前たち三人は、ここで待機していろ」


 ダシュル分隊長が、縄梯子の下にいる兵士たちに命じた。


「何かあったら知らせるように」


 兵士たちが「はいっ」と答える。

 ここからはダシュル分隊長が先頭だ。兵士二人が後に続く。

 石ランプをかざしながら、男たちは上昇通路を登った。

 こちらも、かなり狭い。

 大人ひとり分のスペースしかない。

 

「この狭さじゃ、荷物の搬送には向かないな」

「まったくだ。軽装でも辛い」


(歩くのさえ不便だなんて──)


 セスの頭に疑問が生まれる。


(だったら、この通路を作った目的は?)


 ダシュルを先頭に、十人は黙々と上昇通路を登っていく。

 大柄なダシュルとダクトは、ほぼ直角に腰を曲げて進まねばならない。


「勘弁してくれ、腰が折れそうだ!」


 冶金師《やきんし》のニウが、弱音を吐く。


 次第に、汗がにじみ出る。

 思った以上に湿度と気温が高い。

 密封されていたせいか空気がよどんでいる。


「こっちの通路は、かなり暑いな」

「下降通路とは真夏と真冬ほどの差だ」

「妙なニオイがしないか?」

「お前の体臭だろう!」

「おいおい、笑わせないでくれ」


 石工のハベンが叫ぶ。


「うっかり足を滑らせちまう。下まで転げ落ちるぞ」

「この通路、天井が低すぎだろ」


 鉱夫のアムは不満そうだ。


「屈《かが》まないと登れん坂なんて、使い勝手が悪すぎる」

「人がまともに歩けないような通路、誰が設計しやがった」

「人のための通路じゃないのかもしれないぞ」

「だったら、何のための通路だ?」

「そんなの知るか」


 悪態をついていた口は、やがて呼吸するだけで精一杯になった。

 登っても登っても、まだ上がある。

 壁に手を添えながら中腰で進んだ。


 青空が恋しくなった。

 風を感じたい。

 新鮮な空気が吸いたい。


 あまりの閉そく感に、息が詰まりそうだ。

 このまま石壁に挟まれてしまう感覚に襲われる。

 ほのかな恐怖心を覚え、セスは頭を振った。


(しっかりしろ!)


 セスのこめかみを汗が流れていく──。


「着いたぞ」


 前を行くダクトが、すっと消えた。 

 セスの頭に迫っていた天井も、ふっと消える。

 いきなりの解放感だ。

 

 セスは、巨大な空間に立っていた。

 高い。

 異様なほど天井が高い。

 まるで巨大な石の峡谷の底に立っているようだ。

 

 壁は、なぜか段々になっていた。

 上に行くにつれて、少しずつせり出している。

 不思議な構造だ。


 天井ははるか頭上にある。

 石ランプの光はとても届かない。


「ここは……?」


 セスはつぶやいた。

 誰も答えない。

 全員が圧倒されていた。


「ここは、本当に第一の塔の内部か?」

「罠か仕掛けがあるんじゃ……」

「おい! 妙なことを言うな!」

 

 石ランプの灯りが、男たちの吐息にゆらゆら揺れる。

 壁に映る人影が生き物のようにうごめいた。

 

「この空間の大きさは?」


 ダクトが訊くと、測量士のクティが周囲に視線を走らせた。

 

「王肘尺《ロイヤルキュビット》で高さは……十七(9m)、長さは九十六弱(50m弱)、幅は四(2m)といったところでしょうかな」

「こりゃあ通路じゃないな」


 セスもそう感じていた。

 人の通り道に、これほどの高さは必要ない。

 この空間は桁(・)違(・)い(・)に(・)巨(・)大(・)すぎる。

 

 あの赤色花崗岩と同じだ。

 あるはずのない物が、あるべきでない場所にある。


「神の塔か……」


 ダクトがつぶやいた。

 ぽかんと口を開けたまま、石工のハベンがうなずく。


「専門家として、これをどう見る?」


 ダシュル分隊長が訊くと、ダクトはすぐさま答えた。

 

「あり得ない構造です」

「つまり?」


 ダクトは、せり出した階段状の壁を指差した。


「私たちの頭上には何百万個もの巨石がある。積み上げるだけでも脅威的だ。しかも、これだけの空間を石積みの間に設けている。まるで人間技とは思えない。相当の重量を支える壁には亀裂もなければ、ずれもない」


 ダクトの声がわずかに震えていた。


「私には、この建築法がまったく思い浮かびません」


 人智を超えた建造物──神の塔。

 男たちの間にずしりと沈黙が落ちる。

 そのとき──


 かすかな笛の音が聞こえてきた。

 甲高い音で、独特のリズムを刻んでいる。


「なんだ?」

「どうした?」


 慌てる男たちに、


「静かに!」


 ダシュル分隊長が探るように目を閉じた──。 

 やがて、かっとその目を見開く。


「どうしました?」

「何事です?」

「地震が来るなんて言わないでくださいよ」


 不安そうな男たちに、ダシュル分隊長が首を振る。

 そして、上昇通路へと足早に戻りはじめた。


「どうしたんです?!」


 ダクトの声に、ダシュル分隊長がふり返った。

 橙色の灯りが張りつめた表情を照らす。


「王が、出兵を命じられた」


 全身に汗をかいていたセスの背中に、ぞくりと冷たいものが走った。


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