第64話 王の真意
ギザ台地は、今日も快晴である。
石灰岩で覆われた三大メルが、太陽の光に燦然と輝いていた。
その中でもっとも大きく、もっとも偉大なメルとしてエジプトの民から崇められる第一の塔。その前に大勢の男たちが集まっている。
うねる黄砂の上には、白い天幕がずらりと並んでいた。
「では、始めてくれ!」
ダクトの声が響いた。
「安全確認を忘れないでくれよ!」
シェムウも声をかける。
空気を震わせるほどの返事が轟き、十人の中隊長は天幕の前からそれぞれの持ち場へと散っていく。ダクトとシェムウは天幕に入った。
作業机いっぱいに図面が広がっていた。
第一の塔の工事に関する詳細が、神官文字や簡易記号で書いてある。
図面に記された作業員の配置図を見ながら、
「調査隊も、かなりの大所帯になりましたねぇ」
シェムウが感慨深げに言った。
ダクトはうなずく。
「中隊長の下には十五人の小隊長、その下には二十人ずつの作業員。ざっと三千を超える規模になりました」
「最初の頃とは大違いですよ」
「まったくです。責任も大きくなった」
「こぢんまりとした三十人体制の頃が懐かしいですな。ところで──」
シェムウが声を落とした。
「王は、本当に王墓に改築なさるおつもりなんでしょうか」
「……と言いますと?」
「もらった図面を見てみると、どうもその意図を感じない」
ダクトも苦笑した。
王命書にも「内部の構造を余すことなく記録せよ」と記されていた。玄室に対する要望はひと言もなかったのである。
「確かに、図面にも王命書にも玄室の記載はなかった」
「棺を入れる大事な部屋なのに、指示が何もない」
「まずは内部を調べてから玄室の位置を決めるおつもりなのでしょう。……先代のスネフェル王のように」
スネフェル王もまた、思うように王墓建設が進まず、メイドゥムやダハシュールで幾度も計画変更を余儀なくされた。そして死期を案じた王は、既存のメルに玄室を設けて王墓とする決断を下している。
三大メルと比べればはるかに規模の小さなメルではあったが、遺構を王墓にするという決断は、多くの遺跡調査官の間で密やかなる物議をかもした。
「クフ王が『三大メルの第一の塔を王墓にせよ』とお命じになったとき、父君であられるスネフェル王に倣ってのことかと思いました」
シェムウは小声で言う。
「だが、本来の目的は調査研究ではないのかと」
ダクトはうなずいた。
「王命がなければ、古来より神の塔と崇められてきた三大メルの内部を調べることなど、とても無理だったでしょうからね」
遺構から学ぶことは多い。
歴史は雄弁だ。
おそらくクフ王のねらいは私益でなく、公益にある。
「怖れ多いことだが──」
ダクトがつぶやいた。
「王のお考えは、私の遺構に対する考えと通じる気がする」
そのとき、天幕の外からシェムウを呼ぶ声が聞こえた。
工事の準備が整ったようだ。
「では、行ってきます」
シェムウの任務は、第一の塔の周囲に王肘尺で十五(約8m)ほどもある周壁を張り巡らせることだ。王墓ともなれば、葬祭殿や衛星ピラミッドも建設しなければならない。かなりの大事業になる。
「神の塔が、いよいよ王墓になる日が来るとは」
落胆とも感嘆ともとれるため息をつき、シェムウは天幕を後にした。
作業机の図面を手に取り、ダクトも外へ出る。
「父さ……、大隊長!」
セスが駆けてきた。
後ろには、五名の男たちがいる。
彼らは、どこの中隊にも属していない。
王命を受け、ダクトとともにある任務を担当することになっていた。
第一の塔の内部の探索である。
「そろったな。では、まず点呼をとる」
「兄貴、俺たち六人しかいないんだから数えりゃ──」
「点呼は決まりだ。気合がわかる」
ダクトは部下の顔を見まわした。
「呼ばれた者は、前へ。クティ!」
「はい!」
測量士のおじさんが前に進み出た。
「アム!」
「はい!」
鉱夫のおじさんだ。
「ニウ! ラエティ!」
「はい!」
「はい!」
冶金師と書記官が前に進み出た。
「ハベン! セス!」
石工の先輩とセスが「はい!」と声をそろえて進み出る。
「今日から本格的に内部を探る。午後からはメドジャイ部隊も合流する予定だ。装備はそろっているか?」
「はい」
セスが、足元にある運搬用のソリを指差した。
石斧や銅製の楔、ノミ、石ランプなどが載っている。
「縄梯子も滑り止めの石灰粉も用意しました」
「よし、では行こう!」
ダクトが北へと歩いていく。
六人の男たちがその後に続いた。
周壁を造るための大規模な工事はすでに始まっていた。
石を穿つ音に混じり、童謡が聞こえる。
──お空に届く三大メル
──大メル 中メル 子どもメル
──遠い昔に神さまが
──星を観ようと建てたとさ
──夜明けのシリウス どこにある
──三大メルの奥の奥
エジプトの民なら、誰もが口ずさんできた歌だ。
作業に合わせて歌う男たちの声を聞きながら、セスたちは北へと進んだ。
第一の塔を見上げる。感嘆のため息がもれる。
まるで巨大な山が空を支えているかのようだ。
「近くで見ると……押しつぶされそうな気になる」
「だからこそ、神の塔と呼ばれるのだ」
ダクトがセスに微笑んだ。
「着いたぞ」
盗賊が侵入した出入り口からは、密道が水平に奥へと伸びている。
七人は石ランプに火を点け、装備をもう一度確認した。
「準備はいいな。では行くぞ」
密道の奥に目を凝らし、セスは思わず瞬きした。
砂漠の熱気とは違う空気がそこにある。
まだ誰も知らない秘密が眠っているのだ。




