第63話 光る腕章
兵舎での暮らしに、セスはすっかり慣れた。
調査隊の任務は緊張と発見の連続で、一日は矢のように過ぎていく。
地震によって通路の一部が崩れたため、ホル・エム・アケトの横穴の掘削作業はやむなく中止となった。シェムウ率いる第一班はダクト率いる第二班とともに、第一の塔とその周辺を作業場としている。
調査隊にとっては大きな収穫があった。
帯水層に落ちたセスたちが、地表のはるか下で眠っていた聖池をたたえた謎の遺構を発見しただけでなく、ホル・エム・アケト下から第一の塔に通じる地下通路(水路跡かもしれないが)の存在までも明らかにしたのだ。
ダクトは第一の塔の南側で、巨大な石造りの埠頭跡も掘り当てている。
「埠頭跡ということは、砂漠のギザ台地が水辺だったというわけか」
「ああ、そうだ。何百年……いや、何千年前かわからんがな」
「この辺りまでナイル川が流れていたとは」
駆けつけた遺跡調査官たちは、調査隊に勇んで加わった。
新たにクフ王から「遺構を徹底的に調査せよ」との王命が下ったこともあり、調査隊の規模は三倍に膨れた。隊員も総勢二千人を超え、シェムウとダクトの二人が大隊長に任命されている。
ある日、ダクトとセスは「家族のことで話がある」とダシュル分隊長に呼ばれた。もしやルカの容体が悪化したのかと、二人が血相変えて駆けつけると──
「いやいや、悪い知らせじゃない。驚かせて悪かった」
ダシュル分隊長は申し訳なさそうな顔をしつつも、豪快に笑った。
「娘さんと弟くんは、オシリス神殿に転居したそうだ」
「……は?」
「転居だよ。引っ越し」
「いや、それはわかりますが……」
ダクトはセスと顔を見合わせ、苦笑した。
「本当ですか? ……それはなぜ?」
「本当の話だ。神官とメドジャイ部隊の兵士から報告があった。間違いない。なぜかという問いには『オシリス神殿の厨房に空きができた』からだそうだ」
「ムトが……いえ、娘は雇われたということですか?」
「そうなるな」
ダシュル分隊長はうなずく。
「よかったな。優秀なパン職人の娘さんは、自分の手で運をつかんだ」
「それはありがたい話ですが、いったいどういう経緯で……?」
「娘さんは弟さんと神殿に通うたび、パンを奉納していたそうだ。そのパンを神官長が気に入ったと聞いている。朝から焼き立てのパンを食べたい神官長は、通いではなく住み込みでと話を持ち掛け、娘さんは『弟も一緒なら』と了解したらしい」
「住み込み……ですか」
「そうだ。オシリス神殿と言えば、規模は小さいが格式はある。よかったな。いい話はそれだけじゃない。縁あって弟くんは神殿の医師から肺の治療を受けているそうだぞ」
訳が分からないダクトとセスは、顔を見合わせた。
ムトに事情を確認したいところだが、守秘義務のある調査隊に入り、兵舎で寝泊まりしている以上、簡単には外出できない。
「ダシュル分隊長の報告だ。心配ない」
その日の夜、ダクトはセスに言った。
「あの家で二人で暮らすより、オシリス神殿の方が安心できる」
「うん、そうだね」
セスもうなずいた。
「ピラミッドタウンで乱闘騒ぎがあったみたいだし、二人で暮らすのは物騒だ。姉さんは好きなパンが焼けるし、ルカも治療が受けられる。いいこと尽くめだよ」
オシリス神殿と聞いたとき、セスの心にはなぜかクヌムの顔が浮かんだ。
──木製パレットのせいかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝、セスが中庭で石工の七つ道具を磨いていると、
「セス、ダシュル分隊長が呼んでるぞ」
石工の先輩に声をかけられた。
(何か問題でもあったのかな)
思いつく失敗は何もない。
ダシュル分隊長の執務室は、隣の兵舎にあった。
すっかり顔なじみになって親しくなった兵士たちが声をかけてくる。
笑顔で挨拶を返して、勝手知ったる執務室の前に立った。
息を吸い込んで、声をかける。
「お呼びでしょうか?」
「おう、セスか。入れ!」
「失礼します!」
中には、ダシュル分隊長と禿げ頭の男がいた。書記だ。
作業机の前で向かい合わせに腰を下ろしている。
ダシュル分隊長は笑顔だった。
書記がゆっくりとふり向く。知らない顔だ。
「来たか」
ダシュル分隊長に手招きされ、セスは二人に近づいた。
「早いもので四週間がたった。よく頑張ったな」
言われて初めて、セスは気が付いた。
あの日の書記の言葉を思い出す。
『王命である。石工監督官であり遺跡調査官であるダクトの長男セスよ。王の『永遠なる家』の建設に、きみの力が求められている。調査隊に入り、名誉ある任務を遂行せよ。期間は四週間だ』
つまり今日で解雇ということ?
セスは慌てた。
調査隊の仕事や兵舎での暮らしが、思いのほか身体になじんでいた。
見習い石工に戻り、あの偏見もちのメゾンの下で働くなんて──
「どうした? 目が泳いでるぞ」
愉快そうに笑いながら、ダシュル分隊長が何かをセスに差し出す。
目の前にぶら下がったのは腕章だった。
覚えのある腕章だ。
再生と発見の象徴であるスカラベが刻まれている。
「これは──」
無表情だった書記の男が、にっこりと笑った。
作業机の上の巻物を手に取り、セスに示す。
「おめでとう。きみは正式に調査隊の隊員となった」
「え……?」
「これまでの頑張りが認められたわけだ。よかったな」
ダシュル分隊長が豪快に笑う。
「さあ、来なさい。付けてやろう」
腕章をセスの腕に通し、太い指で器用に留め具をはめてくれた。
「しっかり務めを果たせ」
「はい!」
満面の笑みで答えるセス。
スカラベの腕章が、窓から差し込む日差しにきらりと光った。
これで、やっと父さんに近づける。
遺跡調査官に近づけるんだ!




