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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第9章 突破口を探して

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第55話 風の抜け道

 崩落した天井のすき間から、澄んだ空が見える。

 太陽はもっとも高い位置に昇ったようだ。


「羽根がありゃ、あそこから飛んで出られるってのに」


 鉱夫のおじさんが、恨めしそうに見上げている。

 誰かが「まったくだ」と同調した。


 ホル・エム・アケトの空洞から地中に入り、さらに地下水に飛び込んで、この神秘的な遺跡にたどり着いた。地上は遠い。


 崩落は地震のせいだ。落下したのは事故だ。

 自分の責任ではないかもしれないが、みんなを巻き込んでしまった。

 申し訳なさから、セスはうなだれている。


 周囲を歩き回ったが、通路らしきものは何もない。

 探索しているうちに地下空間の不可思議な点が次々と明らかになった。

 いつしか畏怖が感嘆を越え、言葉数が少なくなる。


 聖池の中に屹立する八本の柱は、優白質の花崗岩だった。

 これほどの巨石を、どこで切り出し、どう運び、どう積み上げたのか。

 

 柱だけではない。

 壁も天井も花崗岩で築かれていた。

 石段は砂岩でできている。


 階段のほか、祭壇もなければ供物台もない。

 レリーフもなければ、文字らしきものもない。


 聖池の底は見えない。

 かなりの深さがあるようだ。


 階段脇の柱にあった幾何学模様《フラワー・オブ・ライフ》の印は、刻まれていたのではなく、焼(・)き(・)付(・)け(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)ようだった。

 どんな工具を使ったのかは、もはや想像の域すら超えている。


 こんこんと湧き出る豊富な水と、張り巡らされた水路に流れる清水。

 貯水槽ではなさそうだが、儀式を行う場所にも見えない。

 いったいこの施設は、なんの目的で建造されたのか──。


「ちょっと、嫌ァなことを言いますが……」


 石工の先輩が、首をすくめながら言った。


「俺たち……ここから出られないんじゃ?」


 誰もが不安を感じ始めていた。

 聖池に降りる石段はあっても、上に昇る石段がどこにもないのだ。

 天井ははるか上にある。


「そんなことはない。副監督官が救助を要請するはずだ」


 シェムウが力強く言う。


「でも、ここにいて助けが来るかな」

「落下地点に戻ってみては?」

「あの横穴から救出は無理だ。崩落してるんだぞ」


 六人は所在なく空を見上げるばかり。

 先刻のシェムウのように、地上にいるだろう誰かに向かって助けを求めて叫ぶしかないのだろうか──。


 その時、突風が起こった。

 はるか頭上から砂塵が勢いよく落ちてくる。

 針に刺されたような痛みが、露出した肌を容赦なく襲う。

 

「いたたた!」

「こりゃひどい!」


 目と鼻と口を覆い、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 猛烈な爆風が唸りをあげ、辺りの空気をかきまわしていく。


「助けてくれぇ!」

「なんだよ、この風は?!」

 

 どれくらい耐えただろう。

 発生した時と同じように、やがて突風はあっけなく静まった。


「参ったな、こりゃ」

「怪我はないか?」


 身体中の砂を払いながら、男たちは立ち上がる。

 砂埃に咳き込み、セスははっとした。


(横穴のすき間から吹いていた風は、これかもしれない)


 増水期《アケト》の季節は突発的に砂嵐が発生する。

 その勢いは猛烈で、予測することさえ難しい。

 

 セスは叫んだ。


「この場所、第一の塔とつながっているのかも!」


 石工の先輩が、きょとんとセスを見る。


「どうした、藪から棒に」

「風の抜け道があるはずです」

「風の抜け道?」


 セスはうなずいた。


「第一の塔は呼(・)吸(・)し(・)て(・)い(・)る(・)と言われてきましたよね。三大メルから聞こえた不思議な音も、ここで圧縮された風の流れが引き起こしたのかもしれない」


 身振り手振りをまじえ、セスは早口でまくし立てた。


「さっきみたいな突風が呼吸していると思わせた可能性もあるし、もしそうなら風の抜け道は、案外かなり広いかもしれない」


 シェムウは「なるほど」と頷いた。


「おもしろい仮説だ。あり得るぞ」


 シェムウがこぶしを振り上げた。


「手分けして探そう。暗くなる前にその”風の抜け道”を探すんだ!」


 沈んでいた空気が、一気に活気づいた。

 それぞれが思い思いに散り、足音が水音に重なって広がる──。


「おい、こっちに来てくれ!」


 ついに、誰かの声が空洞に響き渡った。

 聖池の奥で手招きしている。

 セスも駆け寄り、暗闇に目を凝らしてみた。

 石畳らしい道がぼんやり見える。


「洞窟か?」

「道が見えるぞ」

「やけに暗いが……」

「石畳なら、どこかに通じているはずだ」

「行こう」


 シェムウが手を挙げた。


「ちょっと待った。その前に──」


 水路の脇にひざまずく。

 両手で水をすくいあげると、くんくん臭いを嗅ぎ始めた。


「親方、いったい何を──」


 返事の代わりに、シェムウは水を口に含んだ。

 舌で転がすようにし、ゆっくりと飲み下す。


「よし、大丈夫だ」


 そして、仲間たちをふり返って言った。


「みんなも飲んでおけ。この先、どれほど歩くかわからない」


 石工の先輩がパチンと手を叩く。


「うっかりしてた。いい物がある」

 

 腰に付けている革の工具帯から取り出したのは、水筒だ。

 石工の七つ道具のひとつである。

 

 炎天下の作業で石を冷やし、目に入らないよう石粉を落とし、木製の楔《くさび》を膨張させる水は、石工の仕事に欠かせない。


 セスも水筒にたっぷりと汲んだ。

 六人は滝の音が響く洞窟の奥を見つめる。

 何としても、ここから脱出しなければ。


 いざ、洞窟へ。


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