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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第9章 突破口を探して

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第50話 お守り

 ムトが神殿から家に戻ると、ルカが満面の笑みで出迎えた。

 心待ちにしていることでもあるのか、顔が紅潮して血色がいい。

 やけにはしゃいだ口調で、


「どうだった?」


 と訊いてくる。

 

「それが……」


 ムトは部屋の奥に視線を走らせた。

 セスの姿はない。

 幼なじみのパネプと過ごすハピ祭りが楽しいのだろう。

 夕方までは戻らないかもしれない。


「木製パレットは、セスが持ってるみたい」

「え……?」

「セスが渡さなかった?」

「それは……」


 ルカは嘘が下手だ。

 明らかにとぼけている顔である。

 ムトは、やっぱりと嘆息する。

 神殿でクヌムと分かれた後、帰り道ではたと思い至った。


(もしかして、ルカが仕組んだこと?)


 クヌムのムトへの好意を、ルカは知っている。

 自分で気づいたのか、クヌム本人から聞いたのかはわからないが、事あるごとに妙なことを口にするのだ。


『姉さんに幸せになってもらいたい』

『クヌムは、悪い人じゃないよ』

『楽団の踊り子たちは、ただの友達なんだって』


 木製パレットは、ルカがわざと神殿に置いてきたのだろう。

 クヌムが見つけるような場所に、もしかしたら神官文字《ヒエラティック》で伝言でも添えておいたのかもしれない。


「クヌムは、姉さんに何か言った?」

「その人には会わなかったわ」


 癪《しゃく》にさわって、噓を言った。


「会わなかった? じゃ──」

「話は神官から聞いたの。あなたの木製パレットは、彼(・)が作業場にいるセスに預けたと言っていたそうよ。あとでセスに訊いてみて」

「そんな……」


 ルカは視線を泳がせている。


「明後日《あさって》の午後、出かけるから付き合ってくれる?」

「……」

「ルカ?」

「……え?」

「明後日《あさって》、一緒に行きたい場所があるの」

「どこ?」

「南通りにある護符のお店まで。父さん達にお守りを買いたいの」


 もちろん、目的はお守りではない。

 クヌムが紹介してくれるという医者に診てもらうのだ。

 ルカが仕組んだ計画に、まんまとはめられた。

 今度はお返しだ。

 治療を嫌がるルカだけれど、今回は覚悟してもらおう。


「ぼんやりしてどうしたの?」

「……なんでもないよ」


 ルカは苦笑いする。


「じゃ、ついてきてね」

「……うん」


 クヌムのことで混乱しているのか、どうも気のない返事をする。

 治療のことは、ダクトとセスには内緒にしておこう。

 クヌムのことまで二人に話す羽目になってしまう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二泊の休暇が終わった翌朝、四人で遅めの朝食をとった。

 前回はすっかり意気消沈していたルカだったが、今日は笑顔だ。


「父さん、ケガしないでね」


 などと、ダクトにいたわりの言葉をかける余裕まである。


「お兄ちゃんも、しっかりね」


 余計なお世話だ。


「そうよ、しっかりしなさい」


 ムトがたたみかける。


「人から預かった物を、渡し忘れるような失敗《ミス》はしないで」

「違うよ、僕は……」


 ルカのすがるような視線を感じ、セスはちぇっと黙り込む。

 わけのわからないダクトが「何のことだ?」と尋ねたが、三人の子ども達はそれぞれ異なる心中と表情で苦笑した。


 朝食の時間は、あっという間に終わった。

 身支度を整えたダクトとセスが「行ってくるよ」と戸口に向かう。


「待って」


 ルカが引き止めた。

 テーブルの上の木箱から、石灰岩の欠片《オストラコン》を取り出す。

 手のひらに収まるほどの大きさだ。


「父さんにあげる」


 細い腕が、ダクトに伸びた。

 表面には黒と赤のインクで何やら書いてある。

 ルカが練習した跡だろうか?


 嬉しそうに受け取ると、ダクトは目を細めた。


「なんて書いてあるんだ?」

「父さんの作業班《ギャング》に、名前を付けてみたんだ」


 と、ルカが言う。


「”クフ王のために働く強き者たちの隊” だよ」


 ほう、とダクトが感心したようにルカを見る。

 ──クフ王のために働く強き者たちの隊。

 いい名だ。


「強き者たちの隊とは、言い得て妙だ。名前があると呼びやすい」

「でしょう?」

「でも、ルカ」


 セスが口をはさむ。


「今は作業班《ギャング》じゃないんだよ。父さんがいるのは第一班だ」

「いや、問題ない」


 ダクトが、うなずきながら言う。


「これからは『クフ王のために働く強き者たちの隊』と呼ぶことにする」


 ルカは両手を叩いて喜んでいる。

 余計なことを言った。せっかくのルカの気持ちに水を差してしまったようで、きまりが悪いセスはわざとつっけんどんに、


「父さんだけ?」


 と、すねたように言った。

 はっとするルカ。


「忘れてた。お兄ちゃんには、これをあげないと」


 木箱から、もうひとつ陶器の欠片《オストラコン》を取り出す。

 こちらには橙色のインクで文字が記されていた。

 橙色は、セスの好きな色だ。


「お守りだよ」

「うわ、やった! ありがとう!」


 飛びつくようにして受け取った。


「お兄ちゃんが怪我をしないように」


 調査隊には危険が伴う。

 弟の願いのこもったお守りがあれば、心強い。

 割れやすい陶器の欠片《オストラコン》だから、腰帯に入れて大切にしないと。


「なんて書いてあるんだ? 僕の名前?」

「ううん」


 ルカがくすっと笑った。


「”しっかり!”だよ」


 一気に脱力するセスを見て、三人が笑った。


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