第50話 お守り
ムトが神殿から家に戻ると、ルカが満面の笑みで出迎えた。
心待ちにしていることでもあるのか、顔が紅潮して血色がいい。
やけにはしゃいだ口調で、
「どうだった?」
と訊いてくる。
「それが……」
ムトは部屋の奥に視線を走らせた。
セスの姿はない。
幼なじみのパネプと過ごすハピ祭りが楽しいのだろう。
夕方までは戻らないかもしれない。
「木製パレットは、セスが持ってるみたい」
「え……?」
「セスが渡さなかった?」
「それは……」
ルカは嘘が下手だ。
明らかにとぼけている顔である。
ムトは、やっぱりと嘆息する。
神殿でクヌムと分かれた後、帰り道ではたと思い至った。
(もしかして、ルカが仕組んだこと?)
クヌムのムトへの好意を、ルカは知っている。
自分で気づいたのか、クヌム本人から聞いたのかはわからないが、事あるごとに妙なことを口にするのだ。
『姉さんに幸せになってもらいたい』
『クヌムは、悪い人じゃないよ』
『楽団の踊り子たちは、ただの友達なんだって』
木製パレットは、ルカがわざと神殿に置いてきたのだろう。
クヌムが見つけるような場所に、もしかしたら神官文字で伝言でも添えておいたのかもしれない。
「クヌムは、姉さんに何か言った?」
「その人には会わなかったわ」
癪にさわって、噓を言った。
「会わなかった? じゃ──」
「話は神官から聞いたの。あなたの木製パレットは、彼が作業場にいるセスに預けたと言っていたそうよ。あとでセスに訊いてみて」
「そんな……」
ルカは視線を泳がせている。
「明後日の午後、出かけるから付き合ってくれる?」
「……」
「ルカ?」
「……え?」
「明後日、一緒に行きたい場所があるの」
「どこ?」
「南通りにある護符のお店まで。父さん達にお守りを買いたいの」
もちろん、目的はお守りではない。
クヌムが紹介してくれるという医者に診てもらうのだ。
ルカが仕組んだ計画に、まんまとはめられた。
今度はお返しだ。
治療を嫌がるルカだけれど、今回は覚悟してもらおう。
「ぼんやりしてどうしたの?」
「……なんでもないよ」
ルカは苦笑いする。
「じゃ、ついてきてね」
「……うん」
クヌムのことで混乱しているのか、どうも気のない返事をする。
治療のことは、ダクトとセスには内緒にしておこう。
クヌムのことまで二人に話す羽目になってしまう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二泊の休暇が終わった翌朝、四人で遅めの朝食をとった。
前回はすっかり意気消沈していたルカだったが、今日は笑顔だ。
「父さん、ケガしないでね」
などと、ダクトにいたわりの言葉をかける余裕まである。
「お兄ちゃんも、しっかりね」
余計なお世話だ。
「そうよ、しっかりしなさい」
ムトがたたみかける。
「人から預かった物を、渡し忘れるような失敗はしないで」
「違うよ、僕は……」
ルカのすがるような視線を感じ、セスはちぇっと黙り込む。
わけのわからないダクトが「何のことだ?」と尋ねたが、三人の子ども達はそれぞれ異なる心中と表情で苦笑した。
朝食の時間は、あっという間に終わった。
身支度を整えたダクトとセスが「行ってくるよ」と戸口に向かう。
「待って」
ルカが引き止めた。
テーブルの上の木箱から、石灰岩の欠片を取り出す。
手のひらに収まるほどの大きさだ。
「父さんにあげる」
細い腕が、ダクトに伸びた。
表面には黒と赤のインクで何やら書いてある。
ルカが練習した跡だろうか?
嬉しそうに受け取ると、ダクトは目を細めた。
「なんて書いてあるんだ?」
「父さんの作業班に、名前を付けてみたんだ」
と、ルカが言う。
「”クフ王のために働く強き者たちの隊” だよ」
ほう、とダクトが感心したようにルカを見る。
──クフ王のために働く強き者たちの隊。
いい名だ。
「強き者たちの隊とは、言い得て妙だ。名前があると呼びやすい」
「でしょう?」
「でも、ルカ」
セスが口をはさむ。
「今は作業班じゃないんだよ。父さんがいるのは第一班だ」
「いや、問題ない」
ダクトが、うなずきながら言う。
「これからは『クフ王のために働く強き者たちの隊』と呼ぶことにする」
ルカは両手を叩いて喜んでいる。
余計なことを言った。せっかくのルカの気持ちに水を差してしまったようで、きまりが悪いセスはわざとつっけんどんに、
「父さんだけ?」
と、すねたように言った。
はっとするルカ。
「忘れてた。お兄ちゃんには、これをあげないと」
木箱から、もうひとつ陶器の欠片を取り出す。
こちらには橙色のインクで文字が記されていた。
橙色は、セスの好きな色だ。
「お守りだよ」
「うわ、やった! ありがとう!」
飛びつくようにして受け取った。
「お兄ちゃんが怪我をしないように」
調査隊には危険が伴う。
弟の願いのこもったお守りがあれば、心強い。
割れやすい陶器の欠片だから、腰帯に入れて大切にしないと。
「なんて書いてあるんだ? 僕の名前?」
「ううん」
ルカがくすっと笑った。
「”しっかり!”だよ」
一気に脱力するセスを見て、三人が笑った。




