第47話 ダクトのハピ祭り
ダクトは腕によりをかけ、スパイスを効かせて魚を焼いた。
ムトお手製の焼き立てパンやタマネギのスープでお腹がふくれたセスとルカは、幼かった頃のように二人並んでむしろに寝転がり、しばらくコソコソ話をしているうちに、そのままぐっすり眠ってしまった。
息子たちの身体に、柔らかな太陽の陽ざしが伸びていく。
まぶしくないように日除けをしてやった。
子ども達は起きる気配もなく、すやすやと寝息を立てている。
その寝顔を、ダクトは飽きることなく見つめた。
日差しが傾きかけた頃、
「さあ、出かけよう」
と二人を起こし、ムトと四人で大通りへ出た。
ハピ祭りは朝から夜までにぎわう祭りだ。
深緑色の神像を乗せた神の輿が、通りという通りを練り歩く。
輿を担ぐ若者たちの腕や脚も、鮮やかな顔料で彩色してあった。
「ハピ神よ、守りたまえ」
「ハピ神よ、恵みたまえ」
祭りの囃子も、威勢がいい。
神の輿に群がる子どもたちが、乾いたナツメヤシの実を放っている。
ナツメヤシは豊饒の象徴だ。
通りには「いかがですか?」と声を張る売り子の娘たちが大勢いた。
「僕もやりたい!」
ルカが言うので、お手製の化粧板とナツメヤシの実を交換してもらい、セスとルカに渡すと大喜びで撒いていた。
そのうち、ほんの少し歩いただけなのに、ルカは興奮したせいかすっかり疲れてしまったようで「ちょっと座りたい」と言い出した。
夜食が楽しめる屋台までは、距離がある。
「じゃ、いくぞ」
ダクトは痩せたルカを軽々と肩に乗せた。
「父さん、恥ずかしいよ」
「気にするな。ハピ神も輿で担がれているじゃないか」
「肩車なんて子どもみたいだ」
「子どもなんだから気にするな」
そんなやりとりをしているうち、ルカは肩の上で楽しそうに笑い始めた。
いつもとは異なる高さから眺めるピラミッドタウンの街並みだ。
祭りの人いきれ。
歓声と怒声と嬌声。
ルカに非日常の世界を見せてやれることに、ダクトは幸せを覚えた。
「さあ、何を食べようか」
ダクトが訊くと、子ども達は「ガチョウの炙りとデーツのシロップ漬け!」と声をそろえて言う。母親のキラが生きていた頃からの祭りの定番だ。
お目当ての屋台を探しながら、四人で大通りを歩く。
ガチョウは丸焼きの炙りが人気だ。
奮発して二羽分を手に入れ、通り沿いのベンチに腰を下ろした。
「今年のガチョウは大きいな」
「そうね。食べきれるかしら」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんがいる」
「任せとけ」
目の前を通り過ぎる神輿を数えながら、肉汁でべとべとになった指を舐め舐め、ビールを乾いた喉に流し込む。
見上げる空は色をなくし、やがて漆黒のなかに星をたたえ始めた。
「そろそろ帰ろうか」
「デーツのシロップ漬けを探しながら帰ろう!」
おやつを食べながら帰るのは、キラと結婚する前からの習慣だった。
家族が増えても減っても、変わることのない習慣がある──。
ルカをおんぶし、ダクトはセスやムトの後ろを歩いた。
起きてはいるようだが、ルカはすっかり口数が少なくなっている。疲れているのに違いない。身体の負担にならないよう歩幅を狭くする。
「あった!」
お目当ての屋台を見つけ、セスが駆けていく。
ムトも後に続いた。
物々交換がうまい二人だ。器用に交渉するのに違いない。
幼い子どもをつれた母親が、目の前を通り過ぎていく。
二十八歳の若さでこの世を去った妻と同じ年頃だろうか──。
妻の話を子ども達の前でしないのは、罪悪感からだった。
もう一人子どもが欲しいと、ダクトは望んだ。
愛する家族が増えることは喜びでしかないと信じていた。
待ちわびた赤ん坊が、まさか妻とともに逝ってしまうとは想像してもいなかった。子どもを望みさえしなければ……と、何度悔やんだかわからない。
妻を殺したのは俺だ。
そう思う自分が、どこかにいた。
その思いは、どれほど子ども達を抱きしめても消えなかった。
残された子ども達を見るのが、つらい時もあった。
「父さん! 父さんも食べるよね?」
屋台からセスが叫んでいる。
「おう! 父さんのも頼む!」
大声で返すと、背中のルカがくすっと笑った。
「甘いシロップ漬けは、嫌いじゃなかった?」
ルカがつぶやくように訊く。
ダクトは空を仰いだ。
星がきれいに見える夜だ──。
「母さんが好きだったんだよ。今日は代わりに食べてみる」
「……うん。僕も母さんの代わりに食べる」
眠そうな声で、ルカが言った。
(キラよ)
ダクトは妻の名を呼ぶ。
オリオン座の三ツ星を探す。
ミンタカ、アルニラム、そしてアルニタク──。
決して離れることのない三ツ星のように、家族を守りたいと星に願う。
遺跡調査官であるダクトにとって、過去は覆せない事実であり、痕跡であり、探るべき謎を秘めたものだ。
それでも子ども達との時間を過ごすたび、覆せない過去にこだわるより今をしっかり生きたいと思う。
この世を去ったキラとは、死後の世界できっと会える。
「子ども達を立派に育てたよ」
そう伝えたら、彼女はあの潤んだ瞳で微笑み返してくれるはずだ。
「父さん……?」
耳元でルカが呼んだ。
自分でも気づかないうちに、頬を涙が伝っていた。
背中の子が、哀れなほどに軽い──。




