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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第8章 嵐の前の静けさ

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第47話 ダクトのハピ祭り

 ダクトは腕によりをかけ、スパイスを効かせて魚を焼いた。

 ムトお手製の焼き立てパンやタマネギのスープでお腹がふくれたセスとルカは、幼かった頃のように二人並んでむしろに寝転がり、しばらくコソコソ話をしているうちに、そのままぐっすり眠ってしまった。


 息子たちの身体に、柔らかな太陽の陽ざしが伸びていく。

 まぶしくないように日除けをしてやった。

 子ども達は起きる気配もなく、すやすやと寝息を立てている。

 その寝顔を、ダクトは飽きることなく見つめた。


 日差しが傾きかけた頃、


「さあ、出かけよう」


 と二人を起こし、ムトと四人で大通りへ出た。

 

 ハピ祭りは朝から夜までにぎわう祭りだ。

 深緑色の神像を乗せた神の輿が、通りという通りを練り歩く。

 輿を担ぐ若者たちの腕や脚も、鮮やかな顔料で彩色してあった。


「ハピ神よ、守りたまえ」

「ハピ神よ、恵みたまえ」


 祭りの囃子《はやし》も、威勢がいい。

 

 神の輿に群がる子どもたちが、乾いたナツメヤシの実を放っている。

 ナツメヤシは豊饒の象徴だ。

 通りには「いかがですか?」と声を張る売り子の娘たちが大勢いた。

 

「僕もやりたい!」

 

 ルカが言うので、お手製の化粧板《パレット》とナツメヤシの実を交換してもらい、セスとルカに渡すと大喜びで撒いていた。


 そのうち、ほんの少し歩いただけなのに、ルカは興奮したせいかすっかり疲れてしまったようで「ちょっと座りたい」と言い出した。


 夜食が楽しめる屋台までは、距離がある。


「じゃ、いくぞ」


 ダクトは痩せたルカを軽々と肩に乗せた。 


「父さん、恥ずかしいよ」

「気にするな。ハピ神も輿で担がれているじゃないか」

「肩車なんて子どもみたいだ」

「子どもなんだから気にするな」


 そんなやりとりをしているうち、ルカは肩の上で楽しそうに笑い始めた。

 いつもとは異なる高さから眺めるピラミッドタウンの街並みだ。

 祭りの人いきれ。

 歓声と怒声と嬌声。

 ルカに非日常の世界を見せてやれることに、ダクトは幸せを覚えた。


「さあ、何を食べようか」


 ダクトが訊くと、子ども達は「ガチョウの炙りとデーツのシロップ漬け!」と声をそろえて言う。母親のキラが生きていた頃からの祭りの定番だ。


 お目当ての屋台を探しながら、四人で大通りを歩く。

 ガチョウは丸焼きの炙りが人気だ。

 奮発して二羽分を手に入れ、通り沿いのベンチに腰を下ろした。


「今年のガチョウは大きいな」

「そうね。食べきれるかしら」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんがいる」

「任せとけ」


 目の前を通り過ぎる神輿を数えながら、肉汁でべとべとになった指を舐め舐め、ビールを乾いた喉に流し込む。


 見上げる空は色をなくし、やがて漆黒のなかに星をたたえ始めた。


「そろそろ帰ろうか」

「デーツのシロップ漬けを探しながら帰ろう!」


 おやつを食べながら帰るのは、キラと結婚する前からの習慣だった。

 家族が増えても減っても、変わることのない習慣がある──。


 ルカをおんぶし、ダクトはセスやムトの後ろを歩いた。

 起きてはいるようだが、ルカはすっかり口数が少なくなっている。疲れているのに違いない。身体の負担にならないよう歩幅を狭くする。


「あった!」


 お目当ての屋台を見つけ、セスが駆けていく。

 ムトも後に続いた。

 物々交換がうまい二人だ。器用に交渉するのに違いない。

 

 幼い子どもをつれた母親が、目の前を通り過ぎていく。

 二十八歳の若さでこの世を去った妻と同じ年頃だろうか──。


 妻の話を子ども達の前でしないのは、罪悪感からだった。

 もう一人子どもが欲しいと、ダクトは望んだ。

 愛する家族が増えることは喜びでしかないと信じていた。


 待ちわびた赤ん坊が、まさか妻とともに逝ってしまうとは想像してもいなかった。子どもを望みさえしなければ……と、何度悔やんだかわからない。


 妻を殺したのは俺だ。

 そう思う自分が、どこかにいた。

 その思いは、どれほど子ども達を抱きしめても消えなかった。

 残された子ども達を見るのが、つらい時もあった。


「父さん! 父さんも食べるよね?」


 屋台からセスが叫んでいる。 


「おう! 父さんのも頼む!」


 大声で返すと、背中のルカがくすっと笑った。

 

「甘いシロップ漬けは、嫌いじゃなかった?」


 ルカがつぶやくように訊く。

 ダクトは空を仰いだ。

 星がきれいに見える夜だ──。


「母さんが好きだったんだよ。今日は代わりに食べてみる」

「……うん。僕も母さんの代わりに食べる」


 眠そうな声で、ルカが言った。


(キラよ)


 ダクトは妻の名を呼ぶ。

 オリオン座の三ツ星を探す。

 ミンタカ、アルニラム、そしてアルニタク──。


 決して離れることのない三ツ星のように、家族を守りたいと星に願う。

 遺跡調査官であるダクトにとって、過去は覆せない事実であり、痕跡であり、探るべき謎を秘めたものだ。

 それでも子ども達との時間を過ごすたび、覆せない過去にこだわるより今をしっかり生きたいと思う。


 この世を去ったキラとは、死後の世界できっと会える。


「子ども達を立派に育てたよ」


 そう伝えたら、彼女はあの潤んだ瞳で微笑み返してくれるはずだ。

 

「父さん……?」


 耳元でルカが呼んだ。

 自分でも気づかないうちに、頬を涙が伝っていた。

 背中の子が、哀れなほどに軽い──。



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