第41話 暗殺未遂の余波
「申し訳ありませんでした」
薄暮に包まれた作業場。
乾いた砂地の上に、シェムウ鉱脈監督官はひざまずいていた。
哀れなほどにうなだれている。
クフ王の輿はとうに去っていた。
青ざめた兵士や神官が輿をとり囲み、肩の肉を裂かれた兵士は天幕に備えてあった担架で担がれ、メドジャイ部隊が王宮へと護衛していった。
クフ王は最後まで姿を現さず、ひと言も言葉を発しなかった。
王宮から戻ったダシュル分隊長は、背中に大刀を背負ったまま、いかめしい顔でシェムウを見下ろしている。
調査隊の面々──石工や鉱夫、測量士や冶金師、守衛兵や書記、そして医師たちは、いったいどうなってしまうのかと事のなりゆきを見守っていた。
「あんな男を推薦してしまうとは……私の管理責任です」
王の命をねらった鉱夫は、シェムウ鉱脈監督官の部下だった。
腕のよさを認め、一人前の鉱夫に育ててやろうと面倒をみてきた部下に裏切られたのである。男泣きに泣いたのだろう、その両目は真っ赤に腫れていた。
「どんな事情があるにせよ、あのような大それた真似をするとは……」
シェムウのかすれ声は、病人のように覇気がなかった。
兵士に取り押さえられた鉱夫は、その場の尋問に素直に答えた。
実母が病に苦しんでおり、薬代がかさんでいること。
若い妻に逃げられたうえに子どもが四人おり、支給されるパンとビールだけでは生活が立ち行かず、将来が不安であったこと。
ふらりと立ち寄った酒場で、ある男に声をかけられたこと。
『言葉に訛りのあるその男は、いい仕事があるからと私に布袋の中身を見せてきました。入っていたのは銅の短剣一本と銅の腕輪が二つです。作業場に呼ばれた機会を利用して王に近づき、怪我を負わせることができれば、さらに報酬を渡すと……』
銅は、エジプトを支える資源だ。
短剣や槍などの武器も、ノミや槌などの石工道具も、すべて銅でできている。農具もしかり、神官の儀式具もしかり。
エジプトがほかの部族の脅威となるほど栄えたのは、三百五十年ほど前にエジプトを統治したセメルケト王が、シナイ半島の銅山を開発したからにほかならない。
「あの鉱夫は、すでに処刑された」
ダシュル分隊長が言った。
「首は城門にさらしてある」
シェムウは、さらにうなだれた。
「病気の母親は収容所に入り、子ども達は奴婢に落ちた。どこに流されるかはわからんが、少なくともこれから先、衣食住に事欠くことはあるまい」
「どうか私にも罰を」
シェムウは砂地に額をつけた。
そのあまりの激しさに、ゴツンと音が鳴った。
「責任者である私の落ち度です。どうか罰を……」
シェムウは悪くない。
誰もがそう思っていた。
彼は被害者なのだ。
だが、弁護が仇になることもある。
彼らにできることは、どうか穏便に対処してほしいという願いをこめて、ダシュル分隊長を見つめることだけだった。
シェムウを見下ろすダシュル分隊長が、腕組みをした。
その顔に感情は読みとれない。
怒っているようにも憐れんでいるようにも見えた。
しばらく沈黙した後、ダシュル分隊長が口を開いた。
「私も罰を受けてきた。では、きみにも同じ罰を与えよう」
ダシュル分隊長の太い腕が、シェムウの襟首をむんずとつかんだ。
シェムウの小柄な身体が宙に浮かんで跳ねる。
粗布の上衣がみしりときしんだ。
襟首をつかんでシェムウを立たせ、ダシュル分隊長は叫んだ。
「歯を食いしばれ!」
そして、やおらシェムウの頬を殴りつけた。
もう一発、さらにもう一発……。
作業場の誰もが息を呑んだ。
呆然と、殴り殴られる二人を見守る。
五回目の打撃で、シェムウは血を吐いた。
「これで罰は終わりだ」
ダシュル分隊長は、ぐったりとしたシェムウを支える。
「大丈夫か」
大粒の涙を流しながら、シェムウはうなずいた。
「王の命令だ。きみの任務は地下空間の調査にある。これ以上に身体を傷つける必要はない。これまでと同じように責任を忘れず、しっかり仕事に当たれ」
崩れ落ちるシェムウを、鉱夫仲間が慌てて抱きかかえる。
石工や冶金師たちが、シェムウの肩や腕をぽんぽんと叩いた。
測量士たちは泣き顔で見守っている。
医師たちが駆け寄った──。
「兵舎に戻るぞ!」
兵士たちに指示を与えながら、ダシュル分隊長が天幕へと歩いていく。
セスは、ダシュル分隊長の左頬を見つめた。
シェムウと同じく、実直なその男の頬は赤黒く腫れあがっていた。




