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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第7章 事のなりゆき

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第39話 気づき

 翌朝、セスはダクトより早く目を覚ました。

 緊張していたせいか眠りが浅かった。

 何度も目を覚まし、今はまだ夜明け前である。


 簡易ベッドからゆっくり身体を起こし、ぼんやり高窓の外を見る。

 耳を澄ますと、イセレの茂みを揺らす風の音がした。


 ゆっくりと空が明けていく。

 鳥のさえずりが大きくなる。

 今日、クフ王が現れる──。

 

「起きたか」


 布の擦れる音とともに、ダクトの声がした。


「うん」


 同室の測量士の二人も、ごそごそと起き出した。

 身支度を整え、中庭に出て井戸水で顔を洗う。


 起床時間を知らせる鐘が鳴る前から、もう大勢が起き出していた。


 厨房に行き、列に並んで焼き立ての大麦パンをもらい、鳩肉とヒヨコ豆のスープを大盛りによそう。中庭で食べてくるという測量士のおじさん達と別れ、ダクトとセスは共同部屋へ向かった。


 共同部屋の空気は、いつもより張りつめていた。

 作業台の端にシェムウがいる。

 鉱夫や石工の先輩たちと食事をとりながら、何やら図面を見ていた。


 ダクトが近づき、


「今日は、セスがお邪魔します」


 と声をかけると、全員が一斉に図面から顔を上げた。

 シェムウが笑顔になる。


「任せてください。セスくん、頼りにしてるよ」


 石工の先輩たちも、大きな口でパンをほおばりながら、


「ダクトの兄貴、大丈夫だ。絶対にケガさせないから」


 と、広い胸をぽんと叩く。


 共同部屋の長椅子に、次々と人が腰を下ろす。

 静けさに包まれていた兵舎が、活気を取り戻す。


 第一班の冶金師《やきんし》のおじさんが、セスを見て「おはよう」と声をかけてきた。第二班の鉱夫のおじさんは「しっかり食わないと」と蜂蜜をくれた。

 ダシュル分隊長がセスを可愛がってくれるせいか、見習いだろうと子どもだろうとセスを邪険にあしらう人は、誰一人としていない。


「お前は幸せ者だ。みんなが気にかけてくれる」

 

 ダクトが言った。


「家に置いてきたわが子を、みんな思い出しているのかもしれんな」


 そうかもしれない。

 でも、それだけではないとセスは思う。

 半人前の見習いにも穏やかに余裕をもって接してくれるのは、きっと彼らの心が満たされているからだ。


 現人神《あらひとがみ》クフ王の視察を急に知らされた現場責任者のダクトやシェムウは、緊張して当然なのに、焦りや動揺をまったく感じさせない。いつものように朝食をとり、いつものように調査員たちと言葉を交わし、気配りを見せている。


 そんなダクトやシェムウの周囲には、自然と人が集まってくる。

 頼りにされているのは、彼らの仕事の腕だけではない。

 二人の温厚さと包容力を人々が求めるからだ。


(仕事に誇りを感じる人間は、内側から輝いている)


 見慣れた朝食の光景を見ながら、セスは思う。


 誇りを感じられたら、人は強くなれる。

 強くなれたら、生きる意味も見えてくる。

 仕事は、ただ食べるためのものじゃない。

 自分がここにいていいと思える場所を作ってくれるものなんだ。

 だからこそ、人はそこに人生のほとんどを費やせる。

 

 ルカは『生まれてこなきゃよかった』とクヌムに言ったらしい。

 セスが動揺したからか、クヌムはすぐ『冗談だ』と撤回したけれど、おそらくルカは本当にそう言ったのだろう。あの時のクヌムの表情には、ルカの本心を伝えるべきかどうかの迷いが見え隠れしていた。


 『働きたい』とルカは言ったらしい。

 それもきっと本心だ。

 ルカは、誇りを探している。

 生きている意味を見出すために。


 セスは苦笑した。


(クヌムに言われるまで、弟の気持ちに気づかないなんて)


 病人扱いされることで、きっとルカは傷ついていたはずだ。

 言いたい事があれば、腹を割って話したい。

 悩みがあるなら聞いてやりたい。


(僕は、ルカの兄なんだから)

 

 セスは、ヒヨコ豆のスープをぐいっと飲み干した。


「父さん、先に行くね」


 ダクトの言葉も待たずに、セスは通路へ駆け出した。

 作業場に向かう準備をしないと。

 まずは見習いとしてすべき事をする。

 すべては、そこからだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「頼む、そっちから引っ張ってくれ!」


 鉱夫が叫び、測量士が「わかった!」と返す。

 ホル・エム・アケトの裏の空洞は、昨日一日でかなり広くなっていた。

 今では、大人二人が一緒に地下に降りられるほどだ。


 横穴の拡張工事は、順調に進んでいる。

 石工や鉱夫たちに混じって三人の測量士が横穴にもぐり、突き当たりまでの正確な長さを測定しているところだ。


 汗だくになりながら、セスは一輪車を押していた。

 一輪車には、空洞から切り出された石灰岩がどっさり乗っている。

 セスは何度も往復し、少し離れた石置き場まで運んでいた。

 かなりの山ができあがっている。


 切り出した石の運搬は、見習い石工として経験済みだ。

 やる気など出せずにいた単調な仕事だったのに、気持ちのもちようが違えば、見る目も変わる。調査隊の一員として、これもまた必要な仕事なのだ。


「いつでも呼んでください。横穴に入る準備はできてます」


 セスの言葉にシェムウ鉱脈監督官は感心し、「さすがダクト監督官の息子さんだ。実に頼もしい」とほめてくれた。


『父が偉大だからといって、息子もそうとは限らない』

 

 確かにそうかもしれない。

 でも、近づこうと努力することは決して無駄ではないはずだ。


「おい! あれじゃないか?!」


 不意に誰かが叫んだ。

 顔を上げると、みんなの視線が一点を向いている。

 一輪車の取っ手を握ったまま、セスもふり向いた。


 輿を担ぐ兵士たちが砂丘を上ってくる。

 旗を掲げる儀礼兵が、その先頭にいた。

 輿のまわりには、寸分の乱れもなく隊列を組んだ護衛兵たちもいる。

 歌うような声が風に乗って届くのは、神官たちの詠唱だろうか──。


 クフ王の到着だ!


 誰もが声にならない声で叫んでいた。


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