第39話 気づき
翌朝、セスはダクトより早く目を覚ました。
緊張していたせいか眠りが浅かった。
何度も目を覚まし、今はまだ夜明け前である。
簡易ベッドからゆっくり身体を起こし、ぼんやり高窓の外を見る。
耳を澄ますと、イセレの茂みを揺らす風の音がした。
ゆっくりと空が明けていく。
鳥のさえずりが大きくなる。
今日、クフ王が現れる──。
「起きたか」
布の擦れる音とともに、ダクトの声がした。
「うん」
同室の測量士の二人も、ごそごそと起き出した。
身支度を整え、中庭に出て井戸水で顔を洗う。
起床時間を知らせる鐘が鳴る前から、もう大勢が起き出していた。
厨房に行き、列に並んで焼き立ての大麦パンをもらい、鳩肉とヒヨコ豆のスープを大盛りによそう。中庭で食べてくるという測量士のおじさん達と別れ、ダクトとセスは共同部屋へ向かった。
共同部屋の空気は、いつもより張りつめていた。
作業台の端にシェムウがいる。
鉱夫や石工の先輩たちと食事をとりながら、何やら図面を見ていた。
ダクトが近づき、
「今日は、セスがお邪魔します」
と声をかけると、全員が一斉に図面から顔を上げた。
シェムウが笑顔になる。
「任せてください。セスくん、頼りにしてるよ」
石工の先輩たちも、大きな口でパンをほおばりながら、
「ダクトの兄貴、大丈夫だ。絶対にケガさせないから」
と、広い胸をぽんと叩く。
共同部屋の長椅子に、次々と人が腰を下ろす。
静けさに包まれていた兵舎が、活気を取り戻す。
第一班の冶金師のおじさんが、セスを見て「おはよう」と声をかけてきた。第二班の鉱夫のおじさんは「しっかり食わないと」と蜂蜜をくれた。
ダシュル分隊長がセスを可愛がってくれるせいか、見習いだろうと子どもだろうとセスを邪険にあしらう人は、誰一人としていない。
「お前は幸せ者だ。みんなが気にかけてくれる」
ダクトが言った。
「家に置いてきたわが子を、みんな思い出しているのかもしれんな」
そうかもしれない。
でも、それだけではないとセスは思う。
半人前の見習いにも穏やかに余裕をもって接してくれるのは、きっと彼らの心が満たされているからだ。
現人神クフ王の視察を急に知らされた現場責任者のダクトやシェムウは、緊張して当然なのに、焦りや動揺をまったく感じさせない。いつものように朝食をとり、いつものように調査員たちと言葉を交わし、気配りを見せている。
そんなダクトやシェムウの周囲には、自然と人が集まってくる。
頼りにされているのは、彼らの仕事の腕だけではない。
二人の温厚さと包容力を人々が求めるからだ。
(仕事に誇りを感じる人間は、内側から輝いている)
見慣れた朝食の光景を見ながら、セスは思う。
誇りを感じられたら、人は強くなれる。
強くなれたら、生きる意味も見えてくる。
仕事は、ただ食べるためのものじゃない。
自分がここにいていいと思える場所を作ってくれるものなんだ。
だからこそ、人はそこに人生のほとんどを費やせる。
ルカは『生まれてこなきゃよかった』とクヌムに言ったらしい。
セスが動揺したからか、クヌムはすぐ『冗談だ』と撤回したけれど、おそらくルカは本当にそう言ったのだろう。あの時のクヌムの表情には、ルカの本心を伝えるべきかどうかの迷いが見え隠れしていた。
『働きたい』とルカは言ったらしい。
それもきっと本心だ。
ルカは、誇りを探している。
生きている意味を見出すために。
セスは苦笑した。
(クヌムに言われるまで、弟の気持ちに気づかないなんて)
病人扱いされることで、きっとルカは傷ついていたはずだ。
言いたい事があれば、腹を割って話したい。
悩みがあるなら聞いてやりたい。
(僕は、ルカの兄なんだから)
セスは、ヒヨコ豆のスープをぐいっと飲み干した。
「父さん、先に行くね」
ダクトの言葉も待たずに、セスは通路へ駆け出した。
作業場に向かう準備をしないと。
まずは見習いとしてすべき事をする。
すべては、そこからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「頼む、そっちから引っ張ってくれ!」
鉱夫が叫び、測量士が「わかった!」と返す。
ホル・エム・アケトの裏の空洞は、昨日一日でかなり広くなっていた。
今では、大人二人が一緒に地下に降りられるほどだ。
横穴の拡張工事は、順調に進んでいる。
石工や鉱夫たちに混じって三人の測量士が横穴にもぐり、突き当たりまでの正確な長さを測定しているところだ。
汗だくになりながら、セスは一輪車を押していた。
一輪車には、空洞から切り出された石灰岩がどっさり乗っている。
セスは何度も往復し、少し離れた石置き場まで運んでいた。
かなりの山ができあがっている。
切り出した石の運搬は、見習い石工として経験済みだ。
やる気など出せずにいた単調な仕事だったのに、気持ちのもちようが違えば、見る目も変わる。調査隊の一員として、これもまた必要な仕事なのだ。
「いつでも呼んでください。横穴に入る準備はできてます」
セスの言葉にシェムウ鉱脈監督官は感心し、「さすがダクト監督官の息子さんだ。実に頼もしい」とほめてくれた。
『父が偉大だからといって、息子もそうとは限らない』
確かにそうかもしれない。
でも、近づこうと努力することは決して無駄ではないはずだ。
「おい! あれじゃないか?!」
不意に誰かが叫んだ。
顔を上げると、みんなの視線が一点を向いている。
一輪車の取っ手を握ったまま、セスもふり向いた。
輿を担ぐ兵士たちが砂丘を上ってくる。
旗を掲げる儀礼兵が、その先頭にいた。
輿のまわりには、寸分の乱れもなく隊列を組んだ護衛兵たちもいる。
歌うような声が風に乗って届くのは、神官たちの詠唱だろうか──。
クフ王の到着だ!
誰もが声にならない声で叫んでいた。




