第33話 密道
化粧石の下に現れた穴は、密道に見えた。
ほぼ水平に奥へと伸びている。
壁は凸凹だ。
乱暴な掘削跡が見てとれる。
明らかに、施工時に作られた計画的な通路ではない。
「これが盗賊の侵入口だ」
怒ったように、ダクトが言った。
全員が改めて黒い穴の奥をのぞき込む。
こほん、と咳払いが聞こえた。
ダシュル分隊長だ。
「盗賊の侵入口だった場所だ。あの無法者たちは、私たちメドジャイ部隊がすぐさま一掃したからな。」
言いながら、やれやれと首を振る。
腹立たしい過去を思い出したのだろう。
「先日の打ち合わせで、きみ達にも話したように、三大メルの化粧石を剥がした痕跡がこれだ。不届き者たちは化粧石を持ち去っていたが、ダクト監督官が東岸のトゥーラから石灰岩を取り寄せ、遜色なく修復してくれた」
(そういうことだったのか)
セスは、ほっとした。
父は、この盗賊の入り口をみんなに見せるため、自分で修繕した化粧石を剥がしただけだったのだ。神の遺構にふさわしくない木の板は、空洞を残したまま化粧石をかぶせる工夫だったのに違いない。
でも──
「どうして、完全にふさがなかったの?」
ダクトから「現場では親子でなく、上司と部下だ」と注意されていることも忘れ、セスはつい、いつもの口調で訊いてしまった。
「その問いには、私が答えよう」
ダシュル分隊長が、小さく咳払いした。
「軍でこの密道を捜査したところ、ある奇妙な点に気がついた。完全に修復しなかった理由は、さらなる捜査の必要性を感じたためだ」
奇妙な点?
いったい何だろう。
(奇妙な点といえば……)
セスは、ダクトが割った化粧石の分厚さにも驚きを感じていた。
厚みは王肘尺で表せば、四つ半(2.4m)はある。
三大メルの表面は、どれも化粧石で覆われている。
上質の白い石灰岩を集めるだけでも大変なのに、これほど分厚い石灰岩を、ナイル川の対岸にあたるトゥーラから、どのように運んできたのか見当もつかない。
ひとつの石材を運搬するのに、おそらく二十人は必要なはずだ。東岸から船に乗せて運ぶしかないはずだが、それだけの重さの岩石を船で運ぶとしても──気の遠くなるような作業である。
「こんな密道を掘るなど、いったい何をねらっていたんでしょうな」
おずおずと測量士のひとりが訊いた。
興味ある全員が、ダシュル分隊長をふり返る。
「お宝だろう」
ダシュル分隊長は、きっぱりと答えた。
三大メルには、童謡にもなっている伝説がある。
──お空に届く三大メル
──大メル 中メル 子どもメル
──遠い昔に神さまが
──星を観ようと建てたとさ
──夜明けのシリウス どこにある
──三大メルの奥の奥
今しがた、セスがダシュル分隊長に「その悪党どもは、お宝を探していたんですか?」と聞いた理由でもある。盗賊どもは、その童謡を知っていたのかどうか。
「奇妙な点を見てもらうため、今からこの空洞に入ってもらう」
ダシュル分隊長の言葉に、緊張が走った。
「今日は、きみたち専門家の視点で調査を進めてもらいたい」
ダクトが進み出た。
「修復した二年前に、私は一度だけ内部に入っている。今から案内するが、気づいた点があれば、その場で遠慮なく共有してほしい。それほど広い空洞ではないので、かさばる器材は外に置いていく方がいい」
ダクトの指示に従い、全員が軽装になる。
ダシュル分隊長が巡回中の兵士を呼びつけ、器材の監視を命じた。
数人に油ランプが手渡された。
石造建造物の内部は、昼間でも漆黒の闇になる。
「それでは入ろう」
先頭はダクトだ。続いて石工の先輩たち、セス、測量士、鉱夫と冶金師のおじさん達が続く。列の後尾にはダシュル分隊長がついた。
狭い密道だが、大人二人がすれ違うほどの広さはある。
入ってすぐ気づいた点は、化粧石の後ろは巨石をいくつも積み上げた構造になっているということだ。その巨石の大きさが半端ではない。セスの身長を優に超えるものばかりである。
「こりゃ驚いた。日干しレンガを化粧石で覆ってあるのかと思いきや……」
「これほどの巨石をどうやって積み上げた?」
「隙間ひとつないぞ」
感嘆の声をあげているのは、セスの前を歩く石工の先輩だ。
後方から「まったくだ」と同調しているのは、鉱夫のおじさん達だろう。
背中から差し込む光で、ものの輪郭がぼんやり見える。
壁には、煤がほとんど付いていない。
盗賊たちも松明ではなく、おそらく油ランプを使ったのだ。
「刃の入り方は粗いが、道具そのものは玄人のものだな」
誰かがつぶやいた。
「加工しやすい石灰岩とはいえ、人が通れる通路を掘り進めるとなりゃあ、とても素人では太刀打ちできない」
ダクトの号令で、一行はその場に立ち止まった。
ふり返ると、入り口の光が点ほどの大きさで見える。
冶金師のおじさん達が、掘削の跡を指でなぞっていた。
「刃の跡が粗いぞ。石工の仕事ではない」
「そうだな。残っているのは銅の粉らしい。古い工具だ」
油ランプで浮かび上がるその表情は、苦虫を嚙み潰したようなしかめ面だ。
ほかの調査員たちも、複雑な表情を浮かべていた。
セスにも、その理由はわかる。
偉大な王が統治するエジプトとはいえ、無法者たちはいる。
考えたくもないことだが、盗賊の中には、もとは石工や鉱夫だった者たちも少なくない。過酷な労働環境に耐えきれず、ひと仕事で大金が稼げる賊に身をやつす者たちは、いつの時代にもいる。
冶金師のおじさん達は、壁に残された跡から同業者の臭いを感じたのだろう。
「結構、先まで掘ったもんだな」
測量士のおじさんが、つぶやいた。
「もう少し進もう」
ダクトの号令で、一行は再び歩き出す。
王肘尺で二十ばかり(10m)進んだだろうか。
「ここが終点だ」
そう言って、ダクトがふり向いた。
(え? 終点?)
セスは首を伸ばし、ダクトの肩の先に目を凝らした。
油ランプの光が、何かにはね返っている──。
「そして、ここに奇妙な点がある。それぞれ確認してほしい」
調査員たちは、一斉に油ランプをかざした。
暗闇に浮かび上がるもの。
それは、おそろしく巨大な赤色花崗岩だった。ここからは通すまじとばかりに、まるで通路の蓋のように立ちはだかっていた。




