第32話 第一の塔へ
「よろしくお願いします」
翌朝、セスは第二班の調査員たちの前に立っていた。
責任者であるダクトを筆頭に、石工、測量士、鉱夫と冶金師が、それぞれ三人ずつ共同部屋に集まっている。ダシュル分隊長とセスも加わって、今日は総勢十五名で第一の塔へ向かうことになっていた。
昨日──。
「きみは好きな班を選んでいい。そういう事になっている」
ダシュル分隊長に、そう言われた。
その言葉に、正直な思いが口から飛び出した。
「それぞれの班に、一日おきに参加したいです。雑用でも何でもやります」
その場にいた大人たちは唖然としたが、反対意見が出ることもなく、セスの希望はすんなり通った。おそらく理由は『そういう事になっている』からだろう。
小窓から見える空は、すっかり明るくなっている。
兵舎の入り口に出ると、路地を行き交う兵士の姿が多かった。
シェムウ鉱脈監督官が率いる第一班は、夜明けとともに出発していた。
昨日、セスが偵察した横穴をさらに奥まで掘削するのが任務だ。
兵舎の入り口で、石工の七つ道具──石斧、楔、ノミ、磨き石、測定用の糸、水、運搬用のソリ──を確認していると、先輩たちがセスに近づいてきた。
「セス、昨日はよく言った」
「一日おきに参加するなんざ、俺には到底思いつかん」
「どちらの仕事も覗けるとありゃ、実においしいぞ」
セスも、運がいいと思った。
しがない見習い石工が、選ばれた者だけが集まる調査隊に入り、メドジャイ部隊が駐屯する兵舎に寝泊まりしているうえ、遺跡調査官である父ダクトと行動をともにできるとは──四週間という期限を差し引いても余りある。
ダシュル分隊長が、兵舎の入り口に現れた。
責任者であるダクトと打ち合わせをしていたようだ。
「では、出発しようか」
ダシュル分隊長とダクトの大きな背中を見ながら、第二班の面々はそれぞれ器材を手に、兵舎の目と鼻の先にある第一の塔へ歩を進めた。
路地を抜けると、参道に入る。
ギザの三大メルにはそれぞれ参道があり、どの参道にも伝説がある。
第一の塔の参道を建設させたのは、セメルケト王と言われている。
シナイ半島で銅山を開発したことでも有名な380年ほど前の王だ。
ルカが教えてくれた。
「セメルケト王の父であるアネジイブ王の時代に、王家間の争いが起こったんだ。血なまぐさい戦いに勝ったセメルケト王が、神に感謝の意を表そうと、三大メルのひとつ、もっとも巨大な第一の塔に参道を敷くよう命じたそうだよ」
いつの間に覚えたのか、よどむことなく語っていた。
「その後、王位を継承したペルイブセン王やカセケムイ王が、残る二大メルにも参道を建設させたと言われてるんだ。……まあ、諸説あるんだけどね」
──ルカは、元気にしているだろうか。
参道を歩きながら、ふと弟の顔を思いだす。
たいして言葉も交わさないまま、セスは兵舎に来てしまった。
父と兄のいない家で、寂しい思いをしているはずだ。
(もうすぐ、ハピ祭りだ)
兵舎に来た初日、ダシュル分隊長が言っていた。
ハピ祭りには、一泊だけではあるが、調査隊にも休暇が出ると。
外出もままならないルカを、元気づけてやりたい。
恵まれている自分の環境をふり返り、セスはつくづくそう思った。
参道の両側に、石柱が立っている。
美しいカルトゥーシュが刻まれていた。
カルトゥーシュというのは、ヒエログリフ(神聖文字)で刻まれた王の名を囲む楕円形の枠のことだ。石工には読む必要のない神聖文字だが、書記になるには必ず学んでおかなければならない。
お手本を買ってあげたら、ルカはきっと喜ぶだろう。
(どこで買えるか、書記官のおじさんに聞いてみよう)
目的地に着いた。
神の塔とも呼ばれる三大メルの中で、もっとも巨大な第一の塔。
真下から仰ぎ見れば、さらに圧巻の眺めである。
「集まってくれ!」
ダシュル分隊長の声が響いた。
周囲には、巡回中の兵士の姿もちらほらある。
「今日の作業について、ダクト監督官から説明がある」
ダシュル分隊長が「よろしく」とダクトの肩を叩いた。
みんなの視線が、ダクトに集まる。
人数と器材を確認し、全員の顔を見回したダクトは、
「まず、盗賊の侵入口から内部に入る」
そう言った。
(……盗賊の侵入口? そんなものが、この塔に?)
全員の口がぽかんと開いた。
「案内する。ついてきてくれ」
ダクトに従う職人たちは、不安そうに顔を見合わせる。
盗賊とは、実に物騒な話ではないか。
ふと、セスはダシュル分隊長の話を思い出した。
ふり返り、大きな身体を探す。
彼は列の後方にいた。
「どうした?」
近づいてくるセスを見て、ダシュル分隊長が笑顔になる。
「兵舎が建つまで、三大メルの化粧石をねらう盗賊がいたんですよね?」
「そうだ。よく覚えていたな」
「その悪党どもは、お宝を探していたんですか?」
ダシュル分隊長が、豪快に笑う。
職人たちが、ぎくりとした顔でふり返った。
「お父さんが説明してくれる。行きなさい」
ダシュル分隊長が、セスの背中をそっと押す。
あてがはずれた気持ちで、ダクトの後を追った。
一団の先頭を歩くダクトは、第一の塔の北側へと回っていく。
白い石灰岩で覆われた表面は、太陽の光を受けて輝いていた。
反射光が、職人たちの顔を下から照らしている。
ダクトが立ち止まった。
北面のほぼ中央にあたる位置だ。
真上には四角錐の頂点がある。
後をついてきた面々も立ち止まり、ダクトのまわりに集まった。
「ここだ」
手を伸ばし、化粧石に触れていたダクトが小さくつぶやいた。
腰につけた革の工具帯から何やら取り出し始める。
使い込んだ石斧、それから楔とノミだ。
「見ていてくれ」
そして、何の迷いもなく、腰の高さほどの位置にある化粧石に向かって、黒光りする石斧を思い切り振り下ろした!
職人たちから「ああっ!」と声があがる。
呆気にとられている職人たちの前で、ダクトは石斧を振り下ろし続けた。傷ひとつなかった白い石灰岩が、破片となって飛び散っていく。
(父さん……?! どうして──)
セスの胸が、ぎゅっと縮まった。
ダクトは人が変わったように、渾身の力で石斧を振り下ろす。
止める者はいなかった。
誰もが、呆然と見つめている。
やがて、石斧はノミと楔に代わった。
カンカンカンと打ち込まれるたび、破壊の音がこだまする。
誰より遺跡を愛する父ダクトが、偉大な神の遺物を傷つけていく──。
「心配ない」
硬直していたセスの背中から、ダシュル分隊長の声がした。
「理由がわかる。見ていなさい」
シャキーン!とひときわ甲高い音がして、とうとう化粧石が割れた。
割れた化粧石の下に現れたのは、分厚い木板である。
(どうして、木の板が?)
ダクトの指がその木板をとり除く。
そこには、黒い穴がぽっかりと口を開けていた。




