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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第5章 謎に迫る人々

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第31話 二手に分かれて

 セスが地上に顔を出すと、大人たちから拍手喝采が起こった。

 調査隊に入ってから、はじめて味わう経験ばかりだ。

 

 天幕に入り、セスは地下で見たものを報告した。

 作業机に座した書記官たちが、ヒエラティック(神官文字)と記号が記された図面を広げ、セスの話をもとに横穴についての情報を記録していく。


 横穴の高さや幅。

 行き止まりかと思われる場所までの距離。

 拾ってきた石灰岩の欠片の形状と重さ。

 下方から噴き出してきた風の勢い──。


 石工の先輩や冶金師《やきんし》たちは、鉱夫のおじさんから石灰岩の欠片を手渡されると、手のひらで転がしたり、指でつまんだりしていた。


「こいつを掘削するとなりゃ、なかなか手ごわいぞ」

「花崗岩ほどじゃないが、時間はかかりそうだ」


 やれやれという口調ではあるが、その表情には興奮の色がある。


 横穴は行き止まりではなかった。

 さらなる空洞が、ほぼ確実に地下にある。


 調査隊は色めき立っていた。

 セスだけではない。

 大人たちもこの探索にロマンを感じているのだ。


「もう一度、下に降りてみます」


 医師の診察が終わった後、セスが言った。


「なんだって?」


 ダクトたちと図面を見ていたダシュル分隊長が、驚いて顔を上げた。


「もう一度、行ってきます」


 セスはくり返した。


「今度はノミを持っていきます。少し叩けば、表面が割れるかも」


 ところが、ダシュル分隊長は首を振った。


「いや、きみはここまでだ」

「え?」


 セスは慌てた。

 まさか、ここでお役目終了?


「でも──」


 たしなめるような視線をよこすダクトを無視し、セスは食い下がる。


「調査隊での任務期間は四週間だと言われました。このまま帰れません」


 どこが面白かったのか、ダシュル分隊長が豪快に笑った。

 あまりの豪快さに、何事かと天幕の外から守衛兵が顔を覗かせたほどだ。

 ひとしきり笑い、ダシュル分隊長は満足そうにうなずいた。


「なかなか豪儀《ごうぎ》なところのある少年だ。責任感も強い」


 そして、天幕の外に向かって大声を張り上げた。


「集まってくれ!」


 空洞のそばにいた測量士や鉱夫たち、守衛兵四名を合わせて総勢二十九名が天幕の内外に集まった。すでに太陽は頭上にある。


「横穴は行き止まりでないことがわかった。予定どおり調査を続行する」


 石工の先輩が「お疲れさん」とばかりにセスの背中を小突く。


「これからの掘削作業について各自で確認を行ってくれ。二時間後にここを引き上げる。夕食をとった後、今後の方針を発表する」


「はい!」

「はい!」

「はい!」


 大人たちは、それぞれの持ち場へと走っていく。

 ダシュル分隊長も、ダクトとともに天幕の外へ消えた。

 ついさっき、割れんばかりの拍手を浴びていた少年セスは、粗布の上下衣を脱ぐことも忘れ、忙しそうな大人たちを横目に立ち尽くすしかなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夕食を終えた調査員たちは、共同部屋に集まっていた。

 作業台のまわりに腰を下ろし、ダシュル分隊長の第一声を待っている。


「今日はお疲れだった」


 書記官から巻物を受け取ったダシュル分隊長は、にこやかな笑顔で言った。


「セスくんの協力のおかげで、今後の調査のめどがついた。横穴の内部を確認できたのは大きな収穫だ。目標もない掘削は、時間も労力も無駄に使ってしまうからな」


 あの鉱夫のおじさんが、作業台の反対側からセスに笑顔を見せている。


「今後の調査は、二手に分かれて行う」


 二手に分かれて?

 かたわらのダクトを見上げる。──その横顔には何の変化もない。


「まず第一班は、横穴の掘削を担当してもらう。目的は地下空間の確認だ。第一班の責任者は、遺跡調査官でもあるシェムウ鉱脈監督官に務めてもらう。召集された者は指示に従うように」


 鉱夫の一人が立ち上がった。

 なんと、セスと一緒に空洞に入ったあの小柄なおじさんだ。

 そんなに偉い人だとは思いもしなかった。


「シェムウです。のちほど声をかけますので、よろしく」


 名簿らしい巻物を掲げ、シェムウ鉱脈監督官は着席した。

 ダシュル分隊長が「よろしく」とばかりに片手を上げる。

 

「さて」


 ダシュル分隊長は続けた。

 

「第二班は、第一の塔に向かう」


 室内がざわついた。

 顔を見合わせる者たちもいる。

 いよいよか、と言いたげな表情だ。


 呼(・)吸(・)し(・)て(・)い(・)る(・)と言われている三大メルのひとつ──第一の塔。


 新たに編成される第二班は、呼(・)吸(・)し(・)て(・)い(・)る(・)現象を確認し、王墓に改築する作業を任されるのだろうか。


「責任者はダクト石工監督官だ。召集された者は指示に従うように」


 はい、と答える男たち。

 ダシュル分隊長が続ける。


「二手に分かれれば、一人一人の負担も増える。調査員の数を増やす予定ではあるが、身元の怪しい者は召集できない。もう少し辛抱してくれ」


「はい!」

「はい!」

「大丈夫です!」


 共同部屋の空気がひとつにまとまる。

 セスの心は揺れていた。


(僕は……?)


 考えるより先に立ち上がっていた。

 起立したセスに、大人たちの視線が集まる。


「セスくん、どうした?」


 ダシュル分隊長がきいた。

 ためらったのは、ほんの一瞬のこと。

 決然とした面持ちで、セスはこう問いかけた。


「僕も、どちらかの班に入れますか?」


「セス。そんな話を今──」


 制しようとするダクトより先に、ダシュル分隊長が答えた。


「きみは好きな班を選んでいい。そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)」


 唖然とダシュル分隊長の顔を見返したのは、セスだけではなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その夜、ベッドに横になっても、セスはなかなか寝付けなかった。

 あの言葉はどういう意味なのだろう。


 そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)?


 あまりに唐突で、含意がつかめない。

 ダシュル分隊長からは、何の説明もなかった。

 聞き返す者もいなかった。

 

 ただ、セスは即座に答えた。そして、その突拍子もない答えは──ダクトはもちろん──大人たちを驚かせた。

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