第31話 二手に分かれて
セスが地上に顔を出すと、大人たちから拍手喝采が起こった。
調査隊に入ってから、はじめて味わう経験ばかりだ。
天幕に入り、セスは地下で見たものを報告した。
作業机に座した書記官たちが、ヒエラティック(神官文字)と記号が記された図面を広げ、セスの話をもとに横穴についての情報を記録していく。
横穴の高さや幅。
行き止まりかと思われる場所までの距離。
拾ってきた石灰岩の欠片の形状と重さ。
下方から噴き出してきた風の勢い──。
石工の先輩や冶金師たちは、鉱夫のおじさんから石灰岩の欠片を手渡されると、手のひらで転がしたり、指でつまんだりしていた。
「こいつを掘削するとなりゃ、なかなか手ごわいぞ」
「花崗岩ほどじゃないが、時間はかかりそうだ」
やれやれという口調ではあるが、その表情には興奮の色がある。
横穴は行き止まりではなかった。
さらなる空洞が、ほぼ確実に地下にある。
調査隊は色めき立っていた。
セスだけではない。
大人たちもこの探索にロマンを感じているのだ。
「もう一度、下に降りてみます」
医師の診察が終わった後、セスが言った。
「なんだって?」
ダクトたちと図面を見ていたダシュル分隊長が、驚いて顔を上げた。
「もう一度、行ってきます」
セスはくり返した。
「今度はノミを持っていきます。少し叩けば、表面が割れるかも」
ところが、ダシュル分隊長は首を振った。
「いや、きみはここまでだ」
「え?」
セスは慌てた。
まさか、ここでお役目終了?
「でも──」
たしなめるような視線をよこすダクトを無視し、セスは食い下がる。
「調査隊での任務期間は四週間だと言われました。このまま帰れません」
どこが面白かったのか、ダシュル分隊長が豪快に笑った。
あまりの豪快さに、何事かと天幕の外から守衛兵が顔を覗かせたほどだ。
ひとしきり笑い、ダシュル分隊長は満足そうにうなずいた。
「なかなか豪儀なところのある少年だ。責任感も強い」
そして、天幕の外に向かって大声を張り上げた。
「集まってくれ!」
空洞のそばにいた測量士や鉱夫たち、守衛兵四名を合わせて総勢二十九名が天幕の内外に集まった。すでに太陽は頭上にある。
「横穴は行き止まりでないことがわかった。予定どおり調査を続行する」
石工の先輩が「お疲れさん」とばかりにセスの背中を小突く。
「これからの掘削作業について各自で確認を行ってくれ。二時間後にここを引き上げる。夕食をとった後、今後の方針を発表する」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
大人たちは、それぞれの持ち場へと走っていく。
ダシュル分隊長も、ダクトとともに天幕の外へ消えた。
ついさっき、割れんばかりの拍手を浴びていた少年セスは、粗布の上下衣を脱ぐことも忘れ、忙しそうな大人たちを横目に立ち尽くすしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食を終えた調査員たちは、共同部屋に集まっていた。
作業台のまわりに腰を下ろし、ダシュル分隊長の第一声を待っている。
「今日はお疲れだった」
書記官から巻物を受け取ったダシュル分隊長は、にこやかな笑顔で言った。
「セスくんの協力のおかげで、今後の調査のめどがついた。横穴の内部を確認できたのは大きな収穫だ。目標もない掘削は、時間も労力も無駄に使ってしまうからな」
あの鉱夫のおじさんが、作業台の反対側からセスに笑顔を見せている。
「今後の調査は、二手に分かれて行う」
二手に分かれて?
かたわらのダクトを見上げる。──その横顔には何の変化もない。
「まず第一班は、横穴の掘削を担当してもらう。目的は地下空間の確認だ。第一班の責任者は、遺跡調査官でもあるシェムウ鉱脈監督官に務めてもらう。召集された者は指示に従うように」
鉱夫の一人が立ち上がった。
なんと、セスと一緒に空洞に入ったあの小柄なおじさんだ。
そんなに偉い人だとは思いもしなかった。
「シェムウです。のちほど声をかけますので、よろしく」
名簿らしい巻物を掲げ、シェムウ鉱脈監督官は着席した。
ダシュル分隊長が「よろしく」とばかりに片手を上げる。
「さて」
ダシュル分隊長は続けた。
「第二班は、第一の塔に向かう」
室内がざわついた。
顔を見合わせる者たちもいる。
いよいよか、と言いたげな表情だ。
呼吸していると言われている三大メルのひとつ──第一の塔。
新たに編成される第二班は、呼吸している現象を確認し、王墓に改築する作業を任されるのだろうか。
「責任者はダクト石工監督官だ。召集された者は指示に従うように」
はい、と答える男たち。
ダシュル分隊長が続ける。
「二手に分かれれば、一人一人の負担も増える。調査員の数を増やす予定ではあるが、身元の怪しい者は召集できない。もう少し辛抱してくれ」
「はい!」
「はい!」
「大丈夫です!」
共同部屋の空気がひとつにまとまる。
セスの心は揺れていた。
(僕は……?)
考えるより先に立ち上がっていた。
起立したセスに、大人たちの視線が集まる。
「セスくん、どうした?」
ダシュル分隊長がきいた。
ためらったのは、ほんの一瞬のこと。
決然とした面持ちで、セスはこう問いかけた。
「僕も、どちらかの班に入れますか?」
「セス。そんな話を今──」
制しようとするダクトより先に、ダシュル分隊長が答えた。
「きみは好きな班を選んでいい。そういう事になっている」
唖然とダシュル分隊長の顔を見返したのは、セスだけではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、ベッドに横になっても、セスはなかなか寝付けなかった。
あの言葉はどういう意味なのだろう。
そういう事になっている?
あまりに唐突で、含意がつかめない。
ダシュル分隊長からは、何の説明もなかった。
聞き返す者もいなかった。
ただ、セスは即座に答えた。そして、その突拍子もない答えは──ダクトはもちろん──大人たちを驚かせた。




