第3話 陥没
半年ほど前にも、石切り場で事故があった。
切り出した巨岩を積み込む途中で、足場が崩れたのだ。
バランスを崩した巨大な岩は、まともに石工たちの上に落ちた。
顔面の割れた男。
不自然な角度で折れた腕。
どす黒い血に濡れた腹。
膝から下を失った少年の悲鳴。
石壁に反響する断末魔のうめき声──。
その光景は断片的に、今も夢に現れる。
石工の仕事は、常に死と隣り合わせだ。
巨石を削り、運び、積み上げる──そのどこかで命が落ちる。
「急げ!」
「担架を持ってこい!」
天幕から、石工たちが一斉に駆け出していく。
我に返ったセスも、息を切らしながら高台へ走った。
「父さん!」
熱い砂が口に飛び込み、激しく咳き込む。
砂に足を取られ、何度もよろけた。
もつれる足で現場にたどり着いた。
惨劇に、胸の奥が凍りつく。
首を失った獅子像。
その前足の上に、無残に割れたクフ王の顔が落ちていた。
逃げ遅れた石工たちが、その下敷きになっている。
腰をはさまれ、ぐったりと動かない者。
頭から出血している者。
その傍らで、痛みに叫ぶ者。
頭像の下から、血だらけの手だけが見えている──。
石粉と血の匂いが、熱い風に混じって鼻を刺す。
不意に誰かに突き飛ばされた。
肩が外れそうな衝撃に、セスの視界が揺れる。
「どけ! 邪魔だ!」
殺気だった石工たちは、作業班の仲間を助けようと必死の形相だ。
「石をどかせ!」
「てこを持ってこい!」
「そいつはダメだ、息がない!」
参道を建設していた作業班も、ただならぬ騒ぎに続々と集まってきた。
小柄なセスは、屈強な男たちに押し出されてしまう。
四百人を超える石工たちの中に、探したい顔は見つからない。
「父さん! 父さん!」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
背中を兵士に乱暴に押され、セスはよろめく。
「どけ! 監督官はどこだ!」
怒号が飛び交う。
クフ王の頭像を呆然と見下ろしていた男が、セスの隣で息を呑んだ。
「お前がアブリだな。王のホル・エム・アケトに、なんたる不始末を!」
アブリと呼ばれた男は、砂に額を押しつけてひれ伏した。
「お許しください! 石工の連中が、雑な仕事を──」
「黙れ! 命乞いならネフェル長官の前でするがいい!」
兵士たちが、男を乱暴に連行していく。
放心したように男がわめき散らす。
だが、セスにはどうでもいいことだ。
父ダクトは、どこにいる?
「父さん!」
胸の奥が締めつけられて、思うように声が出ない。
母を失った時と同じあの衝撃が、心をざわつかせる──。
「セス!」
その時、自分の名を鋭く呼ぶ声がした。
誰よりも聞きたかった声。
振り向くと、救助に加わる男たちの中にダクトがいた。
「父さん!」
近づこうとするセスを、槍をもった兵士が押し返した。
「邪魔だ! 下がっていろ!」
「父さんが、そこに──」
「来るな!」
ダクトが叫んだ。
「天幕に戻れ!」
兵士たちは、さらに群がる石工たちを大声で制している。
「邪魔だ! 下がれ!」
石工たちも黙ってはいない。
「救助するなって言うんですか?!」
「助けないと!」
「そうだ! 見殺しにする気か?!」
兵士たちは武器を振り回し、激高した男たちを威嚇する。
「担当の作業班で救助する。大勢が集まったところで、死ぬ奴は死ぬんだ。騒がず、お前たちの持ち場に戻れ!」
怒号が渦巻くなか、セスはふと足元に目を落とした。
違和感がある──。
ホル・エム・アケトの足元に、大きな陥没があった。
砂が吸い込まれるように沈み、黒い穴が口を開けている。
風は、そこから吹き上がっていた。




