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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千


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3/5

第3話 陥没

 半年ほど前にも、石切り場で事故があった。

 切り出した巨岩を積み込む途中で、足場が崩れたのだ。

 バランスを崩した巨大な岩は、まともに石工たちの上に落ちた。


 顔面の割れた男。

 不自然な角度で折れた腕。

 どす黒い血に濡れた腹。

 膝から下を失った少年の悲鳴。

 石壁に反響する断末魔のうめき声──。


 その光景は断片的に、今も夢に現れる。


 石工の仕事は、常に死と隣り合わせだ。

 巨石を削り、運び、積み上げる──そのどこかで命が落ちる。


「急げ!」

「担架を持ってこい!」


 天幕から、石工たちが一斉に駆け出していく。

 我に返ったセスも、息を切らしながら高台へ走った。


「父さん!」


 熱い砂が口に飛び込み、激しく咳き込む。

 砂に足を取られ、何度もよろけた。


 もつれる足で現場にたどり着いた。

 惨劇に、胸の奥が凍りつく。


 首を失った獅子像。

 その前足の上に、無残に割れたクフ王の顔が落ちていた。

 逃げ遅れた石工たちが、その下敷きになっている。


 腰をはさまれ、ぐったりと動かない者。

 頭から出血している者。

 その傍らで、痛みに叫ぶ者。


 頭像の下から、血だらけの手だけが見えている──。

 石粉と血の匂いが、熱い風に混じって鼻を刺す。


 不意に誰かに突き飛ばされた。

 肩が外れそうな衝撃に、セスの視界が揺れる。


「どけ! 邪魔だ!」


 殺気だった石工たちは、作業班ギャングの仲間を助けようと必死の形相だ。


「石をどかせ!」

「てこを持ってこい!」

「そいつはダメだ、息がない!」


 参道を建設していた作業班ギャングも、ただならぬ騒ぎに続々と集まってきた。

 小柄なセスは、屈強な男たちに押し出されてしまう。


 四百人を超える石工たちの中に、探したい顔は見つからない。


「父さん! 父さん!」


 自分でも驚くほど、声が震えていた。

 背中を兵士に乱暴に押され、セスはよろめく。


「どけ! 監督官はどこだ!」


 怒号が飛び交う。

 クフ王の頭像を呆然と見下ろしていた男が、セスの隣で息を呑んだ。


「お前がアブリだな。王のホル・エム・アケトに、なんたる不始末を!」


 アブリと呼ばれた男は、砂に額を押しつけてひれ伏した。


「お許しください! 石工の連中が、雑な仕事を──」


「黙れ! 命乞いならネフェル長官の前でするがいい!」


 兵士たちが、男を乱暴に連行していく。

 放心したように男がわめき散らす。

 だが、セスにはどうでもいいことだ。

 父ダクトは、どこにいる?


「父さん!」

 

 胸の奥が締めつけられて、思うように声が出ない。

 母を失った時と同じあの衝撃が、心をざわつかせる──。


「セス!」


 その時、自分の名を鋭く呼ぶ声がした。

 誰よりも聞きたかった声。

 振り向くと、救助に加わる男たちの中にダクトがいた。

 

「父さん!」


 近づこうとするセスを、槍をもった兵士が押し返した。


「邪魔だ! 下がっていろ!」


「父さんが、そこに──」


「来るな!」


 ダクトが叫んだ。


「天幕に戻れ!」


 兵士たちは、さらに群がる石工たちを大声で制している。

 

「邪魔だ! 下がれ!」


 石工たちも黙ってはいない。


「救助するなって言うんですか?!」

「助けないと!」

「そうだ! 見殺しにする気か?!」

 

 兵士たちは武器を振り回し、激高した男たちを威嚇する。


「担当の作業班ギャングで救助する。大勢が集まったところで、死ぬ奴は死ぬんだ。騒がず、お前たちの持ち場に戻れ!」


 怒号が渦巻くなか、セスはふと足元に目を落とした。

 違和感がある──。

 ホル・エム・アケトの足元に、大きな陥没があった。


 砂が吸い込まれるように沈み、黒い穴が口を開けている。

 風は、そこから吹き上がっていた。


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