第28話 識者の見解
天文学者は、星図版の一点を指差した。
「これは、オリオン座です」
それは、セスも知っている。
オリオン座は、オシリス神を象徴する星座だ。
復活を表す星座として、エジプト全土で崇められている。
「この地図と見比べてみてください」
はっと息を呑む音が聞こえた。
「三大メルの配置が……」
「そうです! オリオン座の三ツ星とまったく同じなのです!」
的を射たりとばかりに、天文学者が作業台を手のひらで叩いた。
セスもほかの調査員たちも、星図版に向かって身を乗り出す。
言われてみれば、地図に描かれた三大メルの配置は、星図版にあるオリオン座の三ツ星と重なって見えなくもない。
この相似は偶然だろうか?
三大メルを眺める誰もが目を奪われるのは、その壮大さだ。
見事な設計と美しさに心までも奪われる。
三大メルの配置までは考えてみたこともなかった。
測量士が平面図を描くまで気づきもしなかったことだ。
「ダシュル分隊長! これは大発見ですぞ!」
天文学者は唾を飛ばさんばかりの勢いだ。
「三大メルが、なぜ五つでなく三つなのか、その謎がこれで解けました! 三大メルはオリオン座の三ツ星を模したものだったのです。星図を大地に表したものだったのですよ!」
「……そうかぁ?」
「どうだかなぁ」
疑いようもなく疑いのこもった声音で、冶金師の二人が声を重ねた。
全員の視線が、星図版から冶金師の二人へと移る。
思いがけない注目に唖然とした二人だったが、こうなりゃままよと胸を張る。
「いやね、そう見えるかと言われりゃ見えなくもないが」
「こじつけだと言えなくもない」
「そんなことはない!」
こじつけだと言われた天文学者が、いきり立った。
「よく見てくれ。三大メルのそれぞれの大きさを!」
地図に描かれた三大メルに指を突き立てる。
「オリオン座の三ツ星と、まったく同じだ!」
確かに、似ているのは配置だけではなかった。
三大メルのそれぞれの大きさは、三ツ星と似通っている。
オリオン座の三ツ星は、それぞれミンタカ、アルニラム、そしてアルニタク。
呼吸しているとダシュル分隊長が言った第一の塔は、三大メルの中でもっとも最大であり、東側に位置している。
オリオン座の三ツ星になぞらえれば、アルニタクだ。
三ツ星の中で最も明るい星──。
「いやいやいや……」
冶金師も負ける気はないらしい。
「星の大きさなんざ、わかりっこないよ」
「遠いんだから」
「な……!」
顔を赤らめて激昂する天文学者を、ダシュル分隊長が制した。
おとなしく天文学者は席に腰を下ろしたが、明らかに不満そうだ。
子どものように頬を膨らませている。
ダシュル分隊長が、全員を見回した。
「打ち合わせの意見は、遠慮なく聞かせてくれ。調査隊にいろいろな職種の者を集めたのは、多方面から物事をとらえるためでもある」
それから、なだめるように天文学者を見た。
「こじつけだとも言い切れない。三大メルの配置がオリオン座の三ツ星に似ているという意見は、今日は儀礼の監督で欠席している神官補佐からも出ていた」
天文学者は「ほら見ろ」と言いたげに、冶金師の二人を睨む。
冶金師の二人は、ぷいと顔をそらした。
彼らもまるで子どもだ。
仕事に関わるプライドの高さは、三大メルを越えるのかもしれない。
「では──」
おずおずと一人の測量士が手を挙げた。
「測量士としての意見を言わせてもらえますか?」
立ち上がり、作業台の上に広げた地図を指差す。
「この地図を作成しながら、ある奇妙な点に気づきました。三大メルのどの面も、恐ろしいほど正確に東西南北を向いているんですよ」
全員の目が、再び地図に戻る。
確かに、どの三大メルも寸分の違いもなく、それぞれの面が規則正しく同じ方向を向いている。正確に東西南北に面している──。
「地図でおわかりいただけるように、小メルから大メルに向かって、少しずつ東側へずれています。どこか意図的なものを感じて、好奇心から三大メルそれぞれの南東の角を線で結んでみました。すると──」
測量士は、地図の北東部分に指をずらす。
「ヘリオポリス?」
歴史家が、驚嘆の声をあげた。
「そうなんです」
測量士が、力強くうなずく。
「三大メルの南東の角を直線で結ぶ位置に、ヘリオポリスがあるんですよ」
ヘリオポリス。
太陽信仰の総本山であり、太陽神を祀る神殿が林立する宗教都市である。再生と復活をつかさどる精霊が宿る聖域、ベンベンの丘がある場所だ。
今度は冶金師達は、何も言わなかった。
納得したのか、あきれたのか、それとも怖ろしくなったのか。
ダシュル分隊長の視線が、ダクトへと向いた。
「石工として、また遺跡調査官の視点から、気づいた点はあるだろうか?」
長身のダクトは座っていても、ほかと頭ひとつ分大きい。
体格は、兵士と変わらぬ逞しさだ。
すっくと立ち上がり、厳しい目を地図に向ける。
「ギザの大地の岩盤は、きわめて硬いものです」
静かな口調だが、重々しい。
「一見、三大メルは砂地に建っているように見えますが、実は深成岩に負けない安定性を持つ堅固な石灰岩の地盤の上に建っています。石工として不思議に思う点は──」
ダクトが、ひとつ深呼吸する。
「砂漠に埋もれた石灰岩累層を、どうやって突き止めたのか」
エジプトは広大な砂漠が広がる土地だ。
その砂の下に広がる岩盤が三大メルの重さに耐えられる強度であるかを知るには、かなりの知識と技術が必要になる。
「少なくとも、今の技術では考えられない偉業を、この三大メルの建設者は難なく成し遂げている。石工として、私は素直に脅威を覚えます」
ダクトの緊張が伝染したかのように共同部屋が静まり返った。
やはり三大メルは神の遺構なのだ。
その神の遺構に手を付けることになるとは──。
「謎は、探るためにある」
ダシュル分隊長が、重々しい空気を断つように言い放った。
「明日は全員でホル・エム・アケト裏の空洞を探索する」
鋭いまなざしが、セスをとらえた。
「真相を突き止めるためにも、きみの力が必要だ」
セスは力強くうなずき、「はい!」と答えた。




