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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第5章 謎に迫る人々

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第27話 メドジャイ部隊の課題

「まず、メドジャイ部隊の課題について話そう。かいつまんだ説明にはなってしまうが、きみ達にも必要な情報であるはずだ」


 ダシュル分隊長の表情から、にこやかさは消えていた。


「国境から離れているにもかかわらず、三大メルの周辺にメドジャイ部隊が駐屯している理由は、大きく分けて三つある」


 ダシュル分隊長が、小さく咳払いした。


「三大メルの表面を覆う良質の石灰岩は、ダクト遺跡調査官の調査により、東岸のトゥーラで採掘された石灰岩と判明している」


 トゥーラ。

 ナイル川の反対側にある採石場だ。


「剃刀《かみそり》の刃も通さぬほど、きっちり積み上げられた化粧石は、実になめらかに磨き上げられている。だからこそ、あれほど曇りひとつなく光に美しく反射する。ところが──」


 ダシュル分隊長が眉をしかめた。


「兵舎がここに建つまで、その化粧石を剥がそうとする輩が横行していた」


「なんですと?!」


 作業台から、すっとんきょうな声が上がった。


「化粧石を剥がすって……聖なる三大メルに、つるはしを振り下ろすような奴がいたということですか?!」


 粗布の上衣を着ている鉱夫の男だ。

 腰の革ベルトをちらりと見やり、信じられないとばかりに首を振る。

 いつもは、そこに愛用のつるはしをぶら下げているのだろう。


「犯人は盗賊だ。エジプトの民ではない」


 ダシュル分隊長は言った。


「国の宝である三大メルを傷つけることで、エジプトの威光を失わせようとしたか、あるいは良質の化粧石を売りさばいて財産を得ようとしたか。そういった経緯で、さらなる盗難を抑止するため、メドジャイ部隊はここに駐屯を命じられたのだ」


 さもありなんと、誰もがうなずいた。


「二つ目の理由は、密偵対策だ」


 ダシュル分隊長の言葉に、また驚きの声が上がる。


「密偵……。なんの偵察ですか?」


 声の主は、過去の情勢にも詳しい歴史家だ。

 ダシュル分隊長は「三大メルだ」と答える。

 

「エジプトを妬むよそ者たちは、三大メルの高度な建築技術を手に入れようと躍起になっている。彼らは、この国にあるような建造物を未だ築けていない」


 確かにそうだ、とセスは思った。


 南方の脅威とされるヌビアは、交易や家畜文化が発達している。

 無視できない勢力ではあるものの、国家と呼べるほどには成長していない。


 銅鉱山をめぐって接触することがあるシナイ半島の部族も、リビア系の部族と同じく遊牧民であり、エジプトのように誇れる建築物は何ひとつとしてない。


 同じ時代を生きていながら、エジプトだけに葬祭殿や河岸神殿といった石造建造物が建っているのは、三大メルやホル・エム・アケトといった神の遺構が随所にあり、ダクトのような遺跡調査官たちが研究を重ね、応用に役立ててきたからだ。 


「三つ目の理由は──」


 ダシュル分隊長が、声を落とした。


「実に驚くべきことではあるが、三大メルは呼《・》吸(・)し(・)て(・)い(・)る(・)」


(は?)


 セスは、耳を疑った。

 セスだけではなかったようだ。

 共同部屋にいる誰もが、唖然とした顔でダシュル分隊長を見た。


「冗談ではない」


 ダシュル分隊長が、唇をゆがめて苦笑した。


「厳密に言えば、三大メルの中の第一の塔だ。報告を受けた時、私もきみ達と同じ反応をした。ふざけるなと恫喝したくらいだ」


 ふと、セスは思い出した。


 北の獅子像ホル・エム・アケトが崩落した日──。

 天幕の中で指示を待っていた時、石工たちのおしゃべりが聞こえた。


『……聞いたか。昨夜の話』

『メルの中で、音がしたって噂だろ』

『いや、今回は音じゃない。突風が吹いてきたそうだ』

『突風だって? 石の建造物から風など吹くわけがない』

『信じられない話だが、巡回の兵士は腰を抜かしたらしいぞ』


「──というわけだ。これまで監視してきたが、現象は単発的だ」


 ダシュル分隊長の声が、セスを現実に引き戻した。

 

「この怪奇現象を調査するまでは、工事にとりかかれない。メドジャイ部隊は武に強いが、知識は心もとない。そこで調査隊が結成されたわけだ」


 ダシュル分隊長が口を閉じると、共同部屋が静まり返った。


 全員が戸惑っていた。

 ダシュル分隊長は、空洞から風が吹いてくると言わなかった。

 呼《・》吸(・)し(・)て(・)い(・)る(・)と言ったのだ。

 まるで、三大メルが生き物であるかのように。

 

 共同部屋にささやき声が生まれる。


「あの、すみません、呼吸というのは──」


 誰かが声をあげた時、通路から足音が聞こえた。

 バタバタと慌ただしい。

 共同部屋にいる全員が、いったい何事かと入り口を見やった。


 飛び込んできたのは、二人の男だった。

 身なりで天文学者だとわかる。

 

 まとっているのは、白い麻布のローブ。

 頭には布を巻き、腕に星図版を抱えている。

 腰紐で揺れているのは星の位置を測る物差しだ。

 屈強な石工たちと比べて、遥かに細身で姿勢がいい。

 おそらく視力もよいのだろう。


「遅くなりました、申し訳ありません」


 平身低頭の謝罪ぶりだ。


「よく来てくれた。座ってくれ」


 ダシュル分隊長が、空席を指す。


「そろったところで、これを見てほしい」


 ダシュル分隊長が、手元に置いていた大きな巻物を広げた。

 ギザの地図だ。

 中央に三大メルが描かれている。


「測量士諸君のおかげで、実に正確に仕上がっている」


 ダシュル分隊長の言葉に、測量士たちの顔にぱっと花が咲く。


「当然であります! 仕事ですから──」

 

「こ、これは……」


 天文学者のひとりが、作業台に大きく身を乗り出した。

 

「まさか……いや、そんなはずは」


 地図を凝視したまま、動かない。

 共同部屋のあちこちから「どうしたんだ?」と声が上がる。

 天文学者は、小脇に抱えていた星図版を広げて言った。


「星図と地図が、あり得ない一致を示している」


 共同部屋の誰もが身を乗り出した。



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