第26話 調査隊の面々
ダクトやダシュル分隊長とともに、空洞を視察に行った翌日。
薄ピンク色のイセレの花びらが美しい広々とした中庭で、洗ったばかりの腰布を物干し台にかけていたセスは、通路からダクトに呼ばれた。
「会議が始まるぞ。来い」
いよいよだ。
ダクトに続き、セスも共同部屋へと入った。
「よお、セス!」
声をかけてくれたのは、ダクトの作業班で顔なじみの石工のおじさん達だ。名前を覚えるほど親しくはないが(見習い石工は『先輩』と呼ぶのが常識とされているので)、兵舎で見知った顔を見れば嬉しいものである。
石工たちは同じ兵舎で寝泊まりするのかと思いきや、先輩たちは隣の長屋をあてがわれていた。調査隊はなんと総勢三十名いるらしい。その数も増えていくようで、そのため煉瓦工たちがせっせと増築工事をしているのだろう。
「今日から、正式に調査員だな」
「お父さんと一緒だから心配ないさ」
「何かあったら、遠慮なく言ってくれよ」
ダクトの手前もあるのかもしれないが、非常に頼もしい。
大きな作業台のまわりには、ほかにも数人が集まっていた。
身なりや体格で職業は察しがつく。
壁際にいるのは、測量士たちだろう。
動きやすい薄手の麻布のチュニックをまとっている。
腰に巻いた細い紐には、測量に使う縄や棒が下がっていた。
頭の布は、日差しを避けるためだ。
水平か垂直かを意識する職業柄か、妙に姿勢がいい。
その隣にいるのは、鉱夫仲間とみた。
袖が短い厚手の粗布の上衣を着ている。
腰の丈夫な革ベルトは、つるはしをぶら下げるのに便利なはずだ。
足元は、これまた丈夫そうな革のサンダルを履いている。
がっしりとした体格だ。
爪の先は土や鉱粉で汚れているはず。
顔に煤を付けたままの人もいる。本人は気づいているのだろうか──。
長椅子に腰を下ろしているのは、歴史家の二人だろう。
会話をするでもなく、そろって巻物を眺めている。
清潔そうな白いチュニック姿だ。
腰には繊細な革紐があり、小型の巻物ケースが見てとれる。
指先にはインクの跡がある。
実に物静かな雰囲気だ。
やたらと水を飲んでいるのは、冶金師たちらしい。
顔が赤いのは、二日酔いのせいだろうか。
厚手の麻布に革の前掛けをしている。
特徴的なのは、腕の革の保護具だ。
保護していても腕には火傷の跡がある。
短く刈りこんだ髪に、頬には黒い煤の痕。
熱い季節に火を扱う過酷な仕事だ。
酒でも飲まないと、やっていられないのかもしれない。
石工たちも、見れば一目瞭然だ。
ダクトも先輩たちも兄弟のように同じ格好をしている。
厚手の麻布の作業着。
腰には革の工具帯。
足には丈夫な革サンダル。
腕や肩には打撲跡(男の勲章らしい)。
日焼けした褐色の肌(男らしさの証らしい)。
ほかの職人たちより硬く張りつめた前腕筋(男の誇りらしい)。
セスは、自分の身なりを改めて見る。
誰が見ても石工のように映るだろうか?
「さあ、集まってくれ!」
野太い声がした。
ふり返るまでもない。
ダシュル分隊長が、兵士を二人伴って入ってきた。
「明日からの調査について話し合おう。だが、その前に──」
ダシュル分隊長の視線が、セスに向けられる。
「新たな隊員が入った。セスくん、ここへ」
大人たちの好奇の視線を感じつつ、セスはダシュル分隊長の元へ歩み寄った。
ダシュル分隊長の太い腕が、セスの肩にまわされる。
まるで友人を紹介するかのような気安さで、ダシュル分隊長がセスを見下ろし、にんまりと笑って言った。
「セスくんだ。知っている者もいると思うが、ダクト監督官の息子さんで石工の卵でもある。見てのとおりまだ若いが、彼には重大な任務が与えられている。困っているようなら手を貸してやってほしい」
石工の先輩たちから「いいぞ!」と盛大な拍手がわき起こる。
ほかの者たちも、つられるように拍手した。
「さあ、簡単に自己紹介を」
ダシュル分隊長に促された。
どぎまぎしつつも、セスは小さく咳払いしてちょこんと頭を下げた。
「セスです。見習い石工になって五年の十四歳です。七歳から父と石切り場に入りました。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします」
石工の先輩たちから、再び「いいぞ!」と拍手がわき起こる。
「さあ、みんな席についてくれ」
ダシュル分隊長のひと言で、めいめいが席に着いた。
座席はもとから決まっているらしい。
セスは、ダクトの隣に座った。
作業台の上座にダシュル分隊長が腰を下ろした。
二人の兵士は、その脇に立つ。
ダシュル分隊長が「さて」と口を開いた。
「この調査隊が結成されてから、まだ一週間もたっていない。もう一度あらためて、調査隊の趣旨について意識を共有したいと思う。発足のきっかけは、みんなも承知している通り、ホル・エム・アケト北像の崩落だ。公式には崩落の原因追及となっているが──」
ダシュル分隊長のまなざしが鋭くなった。
「最終的には王の『永遠なる家』、すなわち王墓の建設が目的だ」
その言葉の重さに、セスの胸の奥が熱くなる。
ダシュル分隊長は全員を見回した。
誰もが固唾をのんで、次の言葉を待っていた。
「三大メルを王墓に改築するという構想は、過去になかったことだ。古来より神の創造物として崇められてきた三大メルは、傷つけることさえ禁忌とされてきた。ここにいる数名の遺跡調査官ですら内部に入ったことはない。彼らが三大メルを調査する際は、あくまで外側から測量し、古文書を調べ、表面の化粧石の欠片から時代を検証する程度だった」
ダクトをはじめ、数人がうなずいている。
職種は異なれど、彼らは遺跡調査官に任命されたエリートだ。
有識者として、各地の遺跡を調べてきた経歴がある。
「三大メルを王墓に改築するというのは、歴史上きわめて異例と言える大事業だ。国内外への影響は計り知れない。計画の告知時期は、クフ王がお決めになる。それまで私たちは守秘義務に徹し、与えられた任務をこなすのみだ」
他言してはならないことは周知徹底されている。
卓上の誰もが、承知しているとばかりに軽くうなずいていた。
「きみ達は、疑問に思ったことはないか?」
ダシュル分隊長の声が、低くなった。
「国境から離れたこのギザに、なぜこれほどの規模の兵舎が並んでいるのか。治安と機密を司る王国最強ともいわれる警備隊が、なぜ常駐しているのか」
セスの心に、風が吹いた。
確かに、改めて聞かれるとわからない。
物心ついた時から、三大メルは巨大な隼神の壁で俗界から隔たれ、兵士が守る聖域だった。メドジャイ部隊が常駐している理由など考えもしなかった。
ダシュル分隊長の沈黙──。
その唇が開くのを、セスは待った。




