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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千
第4章 葛藤と挑戦

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第20話 与えられた任務

「この空洞……」


 セスの目は、図面に釘付けになっていた。

 矢印が示していた空洞の下に、通(・)路(・)ら(・)し(・)き(・)も(・)の(・)が描かれていたからだ。

 途中までは実線が引かれ、その先からは点線が続いている──。


「きみには、ここから先を調べてもらいたい」


 ダシュル分隊長の太い指が、点線をなぞった。

 

(ここから先……?)


 意外な言葉に、セスは顔を上げた。


(地下に潜れということ?)


 ダシュル分隊長の表情から、先ほどの笑顔は消えていた。

 太い眉の下の眼光が、セスを射貫くほどに鋭い。


「この子が……ですか?」


 隣のダクトの声にも困惑がこもる。


「だが、あの空洞の大きさは……」


 ダシュル分隊長は、深くうなずいた。


「そうだ。かなり狭い。狭いうえに暗く、ここから先がどうなっているのか、把握している者は誰もいない」


 セスは、再び図面に目を落とした。


 あの日のことを思いだした。

 ホル・エム・アケトの背後に消えた白い影──楽師の若者だった──を追いかけた夕刻、獅子像の尾と地面が接するところに、小さな四角い穴を見つけた日。


 穴は、日干しレンガ一つ分ほどの大きさだった。

 腰をかがめて空洞に顔を近づけると、密封されていた湿気の流れを感じた。

 その淀んだ風は、北の獅子像が崩落した事故で陥没ができた時に、地下から吹き上がってきた風と同じ匂いだった──。


「きみ達の不安はわかる。できれば、私としても子どもに任せたくはない。しかし、この空洞は大人が入るにはあまりに狭すぎるのだ」


 その言葉に『そういうわけか』と腑に落ちた。


 調査隊に召集されたあの日、セスの家にダクトとともに現れたのっぺりとした顔の書記が(ルカの筆致をほめてくれた人だから、別に悪口ではない)、セスの全身を確認しながらパピルスに何やら書き留めていた。

 

 ダクトの推測どおり、背丈や身体の特徴を記録していたのだ。

 空洞に入るにふさわしい体格かを判断するために──。


「さっきの、きみの質問に対する答えだが──」


 ダシュル分隊長が、静かに言った。


「きみへの王命は、どちらにも当てはまる。つまり、ホル・エム・アケト崩落の原因を探ることが、空洞を調べることにつながり、その調査によって得た情報が『王の永遠なる家』を建設するための材料となる」


「先ほど『この子が選ばれるわけだ』とおっしゃいましたね」


 ダクトが、唐突に尋ねた。

 

「この子を推したのは、誰なんでしょうか」


 それは、セスも聞きたい。

 見習い石工の少年なら、ほかにもいる。

 なぜ、セスに白羽の矢が?


 ダシュル分隊長は首を横に振った。


「それは、私も知らない。書記からそう伝え聞いただけだ。だが──」


 ダシュル分隊長の目尻が、優しく垂れた。


「この子は機転が利く」


 そして、からかうようにセスに言った。


「父親に害が及ばぬよう、あの質問をしたのだろう?」


(え? どういうこと?)


 ダシュル分隊長が、また豪快に笑った。


「隠さんでもいい。きみのお父さんはバカ正直なことに、王墓改築の計画を家族に話してしまったと私に告白してきた。きみが計画を知っていることは、承知の上だ。もちろんバカ正直な告白を聞いたのは、この私だけだから心配しなくていい」

 

 隣に座るダクトを見やると、気まずそうに頭をかいていた。


「夕方になったら、現場を案内しよう」


 ダシュル分隊長は立ち上がった。

 図面をくるくると丸め、赤い帯で巻きながら言う。


「実際に調査してもらうのは、明後日《あさって》からだが、その前に現時点での状況をセス君に見てもらう方がいいだろう。時間まで部屋でくつろいでいてくれ。兵舎を案内してもらってもいい」


「調査隊は、今日はどこに?」


 ダクトが聞いた。


「第一の塔だ」


 ダシュル分隊長は、そのまま隣の武器庫へと入っていく。

 中に管理兵がいるらしく、何やら指示をしている声が聞こえてきた。


「行こう」


 ダクトが長椅子から腰を上げたので、セスも立った。

 広い部屋(調査隊が会議を行う共同部屋だと、後になって知った)を出る前に、作業台をふり返る。図面の赤い帯が、高窓から差し込む光にまぶしく輝いていた。


 通路には、相変わらず人の気配がない。

 調査隊は第一の塔にいると、ダシュル分隊長が言っていた。


 ダクトが案内してくれたのは、共同部屋の向かいの部屋だった。

 警備兵がいる入口からは、いちばん奥まった寝室だ。

 西側の角部屋で、ベッドは三台。

 簡易ベッドが一台。


 おそらく、これがセスの寝床だろう。

 腰を下ろした。

 ダクトは何も言わない。

 

 周囲を見回した。

 いたって殺風景な部屋だ。

 もとは兵舎なのだから、こういうものだろう。


 セスの肩の高さに小窓がある。

 立ち上がって覗いてみると、中庭が広がっていた。

 イセレが生えている。


 イセレは、小さい鱗片状の葉が美しい植物だ。

 砂漠でも根を伸ばすほど逞しい樹木だが、鑑賞用としても人気がある。

 季節柄、薄ピンク色の花が咲き始めていた。


 さすがに兵舎だから、鑑賞のため植えたのではないだろう。

 イセレの枝を薬草と合わせれば、軟膏になる。

 飲めば解毒に効果があり、胃腸や肝疾患の生薬にもなる。

 兵舎の中庭で育てるにふさわしい植物だ。


 イセレの茂みの先に、井戸があった。

 洗濯物が干してある。

 どれも大人の衣服ばかりだ。

 

 作業場で大人たちに囲まれながら働いてきたけれど、調査隊にいる少年といえば、おそらくセスだけだろう。同世代がいない環境は生まれて初めてだ。


「父さんも、さっき僕の任務を知ったの?」


 声をかけると、ダクトはうなずいた。


「ああ」

 

 やはり不機嫌そうな口調だ。


「仮病でも使わせればよかった」


 ダクトの表情は暗い。

 大人が侵入できない空洞を、子どもを使ってでも調べさせる方針なのだ。

 現場の状況は深刻なのかもしれない。


「夕方まで時間がある。軽食を用意してくるから、ここで待っていろ」


 そう言って、ダクトが部屋から出て行った。


 セスは、簡易ベッドに横になった。

 むしろから乾いた太陽の匂いがする。


『調査隊に入り、名誉ある任務を遂行せよ』


 書記の言葉を思い出す。

 名誉ある任務というものには、危険がつきものなのかもしれない。

 大丈夫。父さんがいる。


 小窓から、午後の風が吹いてくる。

 耳になじんだ岩石を砕く音が、遠い作業場から響いてくる。

 巡回兵のかけ声が、心地よいリズムを刻む。


 昨夜は興奮していたのだろう。明け方までほとんど眠れなかった。

 真夜中にはルカが咳き込み、そのたびに目が覚めた。

 不安と好奇心がせめぎあう夜だった──。


 セスのまぶたが、ゆっくりと閉じていく。

 日が傾くまで、そのままぐっすり眠りこんでいた。


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