第19話 笑う分隊長
路地の先に、ひときわ大きな建物があった。
ピラミッドタウンの大通りに並んでいる営舎のような長屋だ。
増築の途中なのだろうか。
十人ほどの若い煉瓦工たちが、泥と藁でこしらえた日干しレンガを、汗だくになりながら組み立てている。作業を見守る兵士たちの視線が鋭い。あんなに監視されていては、背中に冷や汗まで流れそうだ。
煉瓦工と比べれば、石工はやりがいのある仕事だとセスは思う。
煉瓦工はいつも泥まみれで、重たい煉瓦を持ち上げたり、運んだり、積み上げたりといった単調な作業から抜けられない。
石工も煉瓦工も物を作りだす職人ではあるけれど、日干しレンガは手軽に作れる分、あっけなく崩れてしまう。用途の広さで言えば日干しレンガに軍配が上がるとしても、神殿や墓所に使われるのは、風雨や時間の流れに浸食されず、ナイル川の洪水にも耐えられる石材だ。
建築するなら三大メルのように、歴史に残るものがいい。
長屋の正面に近づいた。
青いキルトを腰に巻いた兵士たちが整列している。
メドジャイ部隊だ。
小隊長と思しき男が、点呼をとっている。
三大メルの巡回に出かけるのだろうか。
腰に佩いた剣が陽光にまぶしい。
(それにしても……)
セスは、ふと思った。
治安と機密を司る王国最強の警備隊であるメドジャイ部隊が、ヌビアやシナイ族から遠く離れた内陸部のギザを守る理由は、いったい何なのだろう。
「こっちだ」
ダクトに促され、セスも続いて建物内に入った。
炎天下を歩いて火照った身体に、空気がひんやりと心地いい。
「お前は誰だ?!」
いきなり降ってきた声に、セスは飛び上がった。
入口脇に、警備兵が立っていた。
眉間に皴を寄せている。
「石工のダクトです。息子のセスが、今日から調査隊に入ることになりました」
ダクトが、警備兵に腕章を見せた。
警備兵が刻印を確認している。
室内の暗さにやっと慣れたセスの目が、奥にいる別の警備兵をとらえた。
長椅子に腰を下ろし、軽食をとっている。
彼らは兵舎の入口に常駐し、出入りする者を精査する役目なのだろう。
腕章の確認を終えた警備兵は、あご先で奥を示した。
「入れ」
「どうも」
ダクトが軽く一礼したので、セスもそれに倣う。
やましい事は何もないのに、兵士を前にするとどうも落ちつかない。
警備兵が示した先に、通路があった。
その左手には、小型のかまどが三つ並んでいる。
パンを焼いたり煮炊きをしたり、兵舎ごとに食事を用意するらしい。
細い通路は、右に曲がって伸びていた。
両脇には扉のない部屋が並んでいる。
右側に二つ。
左側に五つ。
生まれて初めての兵舎に、好奇心がかきたてられた。
ダクトの後ろを歩きながら、セスは室内をのぞき込む。
右側の部屋は、武器庫だった。
槍や剣が何本も立てかけられている。
大きな弩が、壁にかかっていた。
武器庫の向かいには、小部屋が並んでいる。
それぞれの部屋に膝の高さほどのベッドが三台。
ほかに、家具らしいものはない。
壁には小窓があって、その奥は中庭らしい。
低木が植えてあるのが見えた。
おそらく井戸もあるのだろう。
中庭をはさむようにして、別の長屋が連なっている。
風通しもよさそうだし、妙なニオイもしない。
おそらく父さんと同室だろうし、寝泊まりするのに問題はなさそうだ。
「ここだ」
ダクトが、突き当りの部屋へ入っていく。
セスも続いた。
そこは、かなり広い部屋だった。
大きな作業台と長椅子が中央にあり、作業台には壺やパピルスの巻物が所狭しと並んでいる。
「また会ったな」
雷のような声が、背後の扉から響いた。
武器庫につながる扉を押し開き、ダシュル分隊長が姿を現した。
ダクトが、一礼する。
「分隊長。連れてきました」
「ご苦労さん。さあ、座ってくれ」
盾のように大きな手のひらで、長椅子を指し示す。
親子が並んで座すと、分隊長は向かい側の椅子に腰を下ろした。
「めったにない休暇が、たったひと晩の帰宅になり気の毒だ。子どもさん達とゆっくり話す時間もなかっただろう?」
「いいえ、とんでもありません」
「ハピ祭りには、調査隊にも休暇が出る手はずになっている。こちらも一泊だけではあるが、楽しみにしていてくれ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
セスまで礼を言ったせいか、ダシュル分隊長が豪快に笑った。
作業場ではじめて出会った時に聞いた、あの笑い声だ。
苦手な人に思えたけれど、不愛想な兵士たちに出くわした後は、その豪快さに親しみを覚える。不思議なものだ。
「この兵舎は、今は調査隊だけが使っている。安全を確保するため兵士たちが常駐している。きみはお父さんと同室だ。何も心配しなくていい」
セスはうなずいた。
「確認しておきたいことはあるか?」
「あの……」
セスは、ちらりとダクトの顔を見る。
後押しするように、ダクトがうなずく。
「昨日、書記の人から『王の永遠なる家の建設のため、調査隊に入って任務を遂行せよ』と言われました。でも、作業場で調査隊が結成された日、別の書記の人は、みんなの前で『ホル・エム・アケト崩落の原因を探れ』と言っていたんです。僕に与えられた王命は、どちらなんでしょうか」
そう尋ねたのには、理由があった。
三大メルを王墓に改築するという話は、ダクトから聞いた。
だが、今の時点でセスが知っていてもよい情報なのかわからない。
うかつな事をうっかり口にすれば、子どもに極秘情報を教えたダクトが罰を受けることになるかもしれない。
セスの問いに、ダシュル分隊長はおやという表情になった。
ダクトと視線を交わし、満足そうにうなずく。
「……なるほど。この子が指名されるわけだ」
椅子から立ち上がると、作業台の向こうから長く太い腕を伸ばし、いきなりセスの栗色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
ずしりと重い手のひらを感じ、唖然とするセス。
その表情に、ダシュル分隊長はまた豪快な笑い声をあげた。
「では、まず任務について説明しようか」
セスの問いに答えることなく、ダシュル分隊長は作業台の上の巻物から赤い帯が巻かれたものを手に取り、勢いよく目の前に広げた。
図面だ。
ヒエラティック(神官文字)と簡易記号が記されている。
セスは、はっと息を呑んだ。
図面の中央に描かれているのは、崩落したホル・エム・アケト。
大きな矢印が、ある一点を指している。
──ホル・エム・アケトの裏に口を開けた空洞を。




