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セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千


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第14話 眉目秀麗

 穴は、日干しレンガ一つ分ほどの大きさだ。

 先日の崩落事故で、石積みがずれたのかもしれない。


 あの日、ダクトとダシュル分隊長はこの穴を見に来たのだろうか──。


 腰をかがめ、セスは穴に顔を近づけた。

 空洞が広がっているように見える。


 吹きあがってくる風に、むっとした湿気を感じた。

 地下に、密封された空気が淀んでいる──。 

 その感覚に覚えがあった。


 ホル・エム・アケトの崩落事故で、獅子像の首が落ちた日。

 振動によって足元には大きな陥没ができ、そこから吹き上がった風が──


「あの時と同じだ」


「そうか?」


 頭上から声がして、セスは飛び上がった。

 誰もいないと思って油断していた。

 顔を上げると、楽師の衣装をまとった一人の若者が獅子像の尻の部分に立ち、腕組みをしてセスを見下ろしていた。


 若者──?

 作業場に現れた楽師や踊り子たちは、みんな娘だとばかり思っていた。

 だが、聞こえた声はあきらかに男のものだ。

 男が混ざっていたとは。


 夕焼けの空を背にするその姿は、セスの目から見ても美しい。

 娘と見まごうほどに。


 若者は、ひらりと獅子像から飛び降りた。

 背中に弦楽器リュートを背負っている。


 背は、セスよりかなり高い。

 黒いつややかな髪を背中でひとつに束ねている。

 額は広く、鼻筋は通り、瞳はやや三白眼。

 黙っていれば、娘だと誰もが勘違いするような繊細さがある。


 幼さの残る顔立ちだが、性別のように年齢もはっきりしない。

 どこか──異国の雰囲気もある。


「誰?」


 警戒心から、セスは後ずさりした。

 若者は答えない。

 三白眼の瞳で、セスをじっと見つめている。


 石工しか立ち入れないはずの作業場だ。

 兵士ですら見回りに来る。

 それなのに、人に見つかっても平然としている。

 相当の変わり者か、他国の密偵か。


「お前は、ここで何をしている?」


 ついに、若者が口を開いた。


「作業は終わったのだろう? なぜ、うろついている」


 咎められたような気がして、セスはむっとした。


「工具が落ちていないか見に来ただけだ。うろついてたわけじゃない」

「仕事が終わったなら、さっさと帰れ」

 

 なんと横柄な態度だ。

 未熟な見習いであろうと、石工や兵士に叱られるならともかく、楽師に追い出されるとは筋違いである。


「そっちこそ帰れ! 父さんは監督官だ。見つかっても知らないぞ!」


 ほほうと、若者は笑みを浮かべた。


「お前の父は、あの赤ら顔の監督官か。道理で息子も腑抜けた顔をしている」

「ちがう! 僕の父さんはメゾンじゃない。遺跡調査官のダクトだ!」


 若者の表情から、笑みが消えた。

 だが、それも一瞬のことで、すぐに小馬鹿にしたような表情に変わる。


「遺跡調査官とは、そんなに偉いのか」


 偉いに決まっている!

 石工はもちろん、測量士や鉱夫、歴史家や冶金師にいたるまで、才能ある優秀な者たちから選ばれるエリートだ。


 誰が建てたのかさえわからない三大メルはもちろんのこと、ホル・エム・アケトの神秘も謎めいた古代文字も、発掘した遺跡を研究し、記録し、王や貴族の建築物に役立つ情報を集めるのが、彼らの任務なんだぞ。 


「父さんは、最年少で試験に合格したんだからな!」


「父が偉大だからといって、息子もそうとは限らない」


 事もなげに、若者が言い捨てる。

 セスは言葉に詰まった。


 ……確かにそうだ。

 ダクトの息子であることはセスにとって誇りだが、同時にプレッシャーでもある。

 

「お前も、遺跡調査官になりたいのか?」

「え?」

「父親のようになるのが夢か?」


 若者は、足元をくいと顎で示した。


「空洞に興味があるのだろう?」


 セスは、さっきまで覗き込んでいた穴に視線を移した。

 さらさらと砂がこぼれ落ちていく──。

 ホル・エム・アケトの足元には、いったい何があるのだろう?

 

「気になるなら、立派な父親に尋ねてみればよい」


 ふん、とセスは鼻を鳴らした。


「尋ねたくても無理だ。家に帰ってこないんだから」

「帰ってこない? なぜだ」

「それは──」


 ……おっと、いけない。

 二人の兵士と書記官に釘を刺されていたことを、セスは思い出した。


『調査隊に加わった者は、兵舎以外での寝泊まりを禁ず』

『家族の兵舎への出入りを禁ず』

『知り得た事柄の他言を禁ず』


 うっかり口を滑らせれば、どんな罰を受けるかわからない。


「教えてやらない」


 セスがそう答えると、若者はふっと笑った。


「聞くものか。壁門まで案内しろ。道に迷った」


 セスの肩をぽんと叩き、隼神ホルスの壁へと歩いていく。

 すれ違った若者の身体から、香木の香りがした。


「迷ったなんて嘘に決まってる! 怪しいぞ!」


 若者は片手をひらひらさせ、そのまま歩き去ろうとする。


「待て!」

 

 セスは、長身の後ろ姿を追った。

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