第12話 父のいない家
「父さんの分は?」
夕食の席で、ルカが目を丸くした。
いつもなら残しておくはずの豆のスープを、ムトがすべて皿によそうのを見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「姉さんも食べるの? いつもなら、父さんが帰るまで待つのに」
「今日は、夜勤なんだって」
どきりとしたセスが、制するようにムトを見た。
視線に気づき、ムトの笑顔がぎこちなくなる。
「確か……今朝、そう言ってたわよ」
とりつくろうように言ったものの、
「夜勤でも、食事はとっておくくせに」
ルカは食い下がる。
「食べて帰ると言ってたから……」
とぼけるムト。
「やっぱり、ヘンだ!」
してやったりという顔で、ルカはセスを指差した。
「お兄ちゃんは『メンフィスに出張だ』と言ってた」
ダクトが調査隊の一員になったことも、しばらくは兵舎に泊まることも(秘密保持のためだろうとセスは思っている)、調査隊編成の目的が三大メルのひとつをクフ王の墓に造り変えるためであることも、ルカには黙っておこうと決めていた。
十歳という年齢の割に甘えん坊な末っ子のルカは、いつどこで誰に口を滑らせてしまうかわからない。うかつだったのは、ダクトが戻らない理由について、あらかじめ口裏を合わせておかなかったことだ。
書記になると決めた時のように、言いだしたら聞かない頑固なルカのことだから、適当な答えでは納得しないだろう。ムトとセスが顔を見合わせていると、戸口に人の気配がした。
どきりとして振り向く。
大柄な二人の兵士が立っていた。
腹まわりの目立つ書記が一人、表情のない顔で並んでいる。
「ダクト監督官の家だな?」
目の吊り上がった兵士が、ぶっきらぼうに言い放った。
「ええ……そうですが」
ムトが、さりげなく弟たちの前に立つ。
姉に保護されている気がして、セスは慌てて隣に並んだ。
(僕はもう子供じゃない)
訪問者は、ずかずかと部屋に入ってきた。
呆気にとられている三人の子ども達をよそに、二人の兵士が肩に担いだ大きな袋を、スープ皿とパンが並んだ食卓にドスンと置く。
「あの、それは……?」
おずおずとムトが声をかけた。
書記の男が、こほんと咳払いする。
「調査隊に入った石工に対する特別報酬だ。確認するように」
そして、二人の兵士の動きに合わせて目録を読み上げていく。
子ども達の目の前に現れたのは──
天日干しの魚が十匹。
牛肉の塊(庶民はめったに食べられない!)
小麦粉二袋。
ナツメヤシとイチジクとブドウが、それぞれ一皿。
大きなハチミツ壺。
大ぶりな円形ストーブ。
サンダルが、三足。
そして、亜麻布がひと巻。
「間違いないな?」
ムトとセスは、気圧されて頷いた。
ルカの目は、大好きなイチジクに釘付けである。
「母親はいないと聞いているが?」
ひとかけらの同情心も匂わぬ声で、書記が聞いた。
「はい。四年前に他界しています」
「子どもだけか……」
母を失ったのが、子どもの責任でもあるかのような口ぶりだ。
むっとしたセスは、ふんと横を向いた。
書記というのは高慢ちきが多いから、嫌いだ。
「通知事項を伝える。よく聞くように」
書記は、再び巻物を読み上げ始めた。
『調査隊に加わった者は、兵舎以外での寝泊まりを禁ず』
『家族の兵舎への出入りを禁ず』
『知り得た事柄の他言を禁ず』
渡すべき物を渡し、言うべき事を伝えて、兵士と書記は出て行った。
「特別報酬は王のご厚意だ。天罰が下らぬよう大切に使え」
そう釘を刺して──。
夕食の席では、好奇心旺盛なルカの質問攻めが始まった。
「調査隊って、何のこと?」
「父さんが選ばれるなんて、どうして?」
「兵士でもないのに、兵舎に泊まるの?」
セスとムトが「なんだろうね」「どうしてだろうね」とやり過ごすばかりなので、とうとうルカはふて寝した。
翌日、ムトはパン工房を辞めた。
調査隊に入った後も、日当は支給される。
特別報酬でもらった円形ストーブと小麦もある。
自宅でパンを焼けば、子ども三人で食べていくには十分だ。
亜麻布の一部は、ルカの薬代に充てた。
おかげで夜中の発作が、かなり落ち着いた。
ただ、気になること──。
王はなぜ、特別報酬をお与えになったのだろう。
やはり、それほどまでに危険を伴う任務なのだろうか。
父のいない家で、三人だけの食卓を囲む。
日干しレンガの室内は、一人いないだけでやけに寒々しい。
高窓から見える白い月をぼんやり眺めながら、隣にいないダクトの気配を、セスは空しく思い出していた。




