第11話 調査隊結成
ホル・エム・アケトの解体作業は、順調に進んでいた。
前足はすでに細かく切断され、切り出された石の塊は、五十人を超える男たちの手で天秤棒や押し車に乗せられ、少し離れた平地へ次々と運び出されていく。
「守護獣の前足を切り刻むことになるとは……」
「まったくだ」
石工たちの顔には、どれも怯えの色が浮かんでいた。
無理もない。
エジプトには1500柱を超える神々がいる。
死後の世界を信じる彼らにとって、神の裁きほど恐ろしいものはない。
ホル・エム・アケトという神聖な建築物の解体は、王命であろうと破壊行為に等しい。不安を隠しきれない者も多く、初日には気の緩みから落石事故まで起きた。
そこで、ダクトは解体作業の前に簡素な儀式を行うことにした。
踊り子が舞い、楽師たちが崇高な調べを奏でる。
神に祈りを捧げる姿に、作業員たちの表情もいくらか和らいだ。
セスは、見習い少年たちとともに石運びに従事した。
乾いた肌に灼熱の陽ざしが突き刺さる。
切り出した石は、参道の修復に使われるため、傷をつけぬよう慎重に運ばなければならない。
今日は、ぴたりと風がやんでいる。
汗は瞬時に乾き、皮膚の上に塩の結晶を残す。
「喉が渇く前に、水分を補給しろ!」
「かけ声を忘れるな!」
「互いの顔を見ながら作業を! 異変を感じたら声を出せ!」
ダクトの指示は的確で、体調を崩す者も事故もなく作業は進んでいく。
太陽は、恨めしいほどゆっくりとナイル川へ落ちていった。
ようやく気温が下がり始めたころ──
「邪魔をして悪いな。作業の手を止めてくれ」
雷のような声を響かせ、メドジャイ部隊の分隊長ダシュルが現れた。
今日は別の書記を伴っている。
作業場に、ほっとしたような空気と同時に緊張が満ちた。
ダクトの笛が響き、石工たちが集まる。
汗まみれの石工たちを整列させると、ダクトは先頭に立った。
セスは少し離れた場所から父の背を見つめる。
夕陽に伸びた影が、崩れた獅子像の胴体に重なっていく──。
胸の奥で不吉なざわめきが広がり、セスは身震いした。
整列した石工たちの前に、ダシュル分隊長が立つ。
「これより、調査隊を編成する!」
砂地を震わせるほどの大声だ。
石工たちがざわめき、互いの顔を見合う。
セスは、昨日の兵士たちの会話を思い出した。
『調査隊に志願するか?』
『もちろんだ。選ばれれば精鋭兵とみなされる』
『だが、神が相手だ』
『家族に天罰が下っては困る』
天秤棒の柄を、思わずぎゅっと握りしめた。
書記が前に進み出て、パピルスの巻物を広げる。
王の印章が夕陽に赤く光った。
「王命である。ホル・エム・アケト崩落の原因を探れ。神の怒りか、人の過ちか──王は真相を求めておられる」
その言葉に、場の空気が一段と張り詰めた。
「それでは、調査隊に加わる者の名を読みあげる。呼ばれた者は一歩前へ」
セスにはわかっている。
最初に呼ばれる名は──
「ダクト」
やはり、そうだ。
熟練した石工であり、石の歴史を読み解く遺跡調査官でもある父が、選ばれないわけがない。
大きな身体が前に進み出る。
いつもなら誇らしく思えるのに、セスの心がずしんと沈む。
続いて、五名の石工が呼ばれた。
選ばれた者たちの表情は、列の後方にいるセスには見えない。
「以上六名は、今夜から兵舎で寝泊まりしてもらう。家に戻ることは許されん。家族には連絡しておくので心配しなくていい。いいか。これは王の命令だ。規律を乱す者には厳罰が待っている。覚悟しておくように」
夕陽がナイル川の向こうへ沈み、作業場は急速に青みを帯びていく。
解散の声がかかり、石工たちはぞろぞろと道具をまとめ始めた。
ダシュル分隊長が、書記と何やら話をしている。
セスは、ダクトのそばへ駆け寄った。
ふり向いた父は、柔らかな笑顔を見せた。
「家に帰らないと言ったのは、調査隊に入るからなんだね?」
そうだ、とダクトはうなずいた。
──王の墓室に作り替えるためなんだね?
その言葉が喉まで出かけたが、セスは飲み込んだ。
決して口にしてはならない。
父さんの命が危険にさらされてしまう。
「余計な心配をしないですむよう、あの夜、お前たちに打ち明けた。心配するな。調査が終われば、すぐ戻る」
その声はいつも通りなのに、どこか遠くへ消えていくように感じられた。
不安だけではない。
セスの胸の奥に、ゆっくりと別の思いが芽生えはじめていた。




