表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セスの刻紋 ── ピラミッドに落書きした少年 ──  作者: 鬼丸 千


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第11話 調査隊結成

 ホル・エム・アケトの解体作業は、順調に進んでいた。

 前足はすでに細かく切断され、切り出された石の塊は、五十人を超える男たちの手で天秤棒や押し車に乗せられ、少し離れた平地へ次々と運び出されていく。


「守護獣の前足を切り刻むことになるとは……」

「まったくだ」


 石工たちの顔には、どれも怯えの色が浮かんでいた。

 無理もない。

 エジプトには1500柱を超える神々がいる。

 死後の世界を信じる彼らにとって、神の裁きほど恐ろしいものはない。


 ホル・エム・アケトという神聖な建築物の解体は、王命であろうと破壊行為に等しい。不安を隠しきれない者も多く、初日には気の緩みから落石事故まで起きた。


 そこで、ダクトは解体作業の前に簡素な儀式を行うことにした。

 踊り子が舞い、楽師たちが崇高な調べを奏でる。

 神に祈りを捧げる姿に、作業員たちの表情もいくらか和らいだ。


 セスは、見習い少年たちとともに石運びに従事した。

 乾いた肌に灼熱の陽ざしが突き刺さる。

 切り出した石は、参道の修復に使われるため、傷をつけぬよう慎重に運ばなければならない。


 今日は、ぴたりと風がやんでいる。

 汗は瞬時に乾き、皮膚の上に塩の結晶を残す。


「喉が渇く前に、水分を補給しろ!」

「かけ声を忘れるな!」

「互いの顔を見ながら作業を! 異変を感じたら声を出せ!」


 ダクトの指示は的確で、体調を崩す者も事故もなく作業は進んでいく。

 太陽は、恨めしいほどゆっくりとナイル川へ落ちていった。


 ようやく気温が下がり始めたころ──


「邪魔をして悪いな。作業の手を止めてくれ」


 雷のような声を響かせ、メドジャイ部隊の分隊長ダシュルが現れた。

 今日は別の書記を伴っている。

 作業場に、ほっとしたような空気と同時に緊張が満ちた。


 ダクトの笛が響き、石工たちが集まる。


 汗まみれの石工たちを整列させると、ダクトは先頭に立った。

 セスは少し離れた場所から父の背を見つめる。

 夕陽に伸びた影が、崩れた獅子像の胴体に重なっていく──。

 胸の奥で不吉なざわめきが広がり、セスは身震いした。


 整列した石工たちの前に、ダシュル分隊長が立つ。


「これより、調査隊を編成する!」


 砂地を震わせるほどの大声だ。

 石工たちがざわめき、互いの顔を見合う。

 セスは、昨日の兵士たちの会話を思い出した。


『調査隊に志願するか?』

『もちろんだ。選ばれれば精鋭兵とみなされる』

『だが、神が相手だ』

『家族に天罰が下っては困る』


 天秤棒の柄を、思わずぎゅっと握りしめた。


 書記が前に進み出て、パピルスの巻物を広げる。

 王の印章が夕陽に赤く光った。


「王命である。ホル・エム・アケト崩落の原因を探れ。神の怒りか、人の過ちか──王は真相を求めておられる」


 その言葉に、場の空気が一段と張り詰めた。


「それでは、調査隊に加わる者の名を読みあげる。呼ばれた者は一歩前へ」


 セスにはわかっている。

 最初に呼ばれる名は──


「ダクト」


 やはり、そうだ。

 熟練した石工であり、石の歴史を読み解く遺跡調査官でもある父が、選ばれないわけがない。

 大きな身体が前に進み出る。

 いつもなら誇らしく思えるのに、セスの心がずしんと沈む。


 続いて、五名の石工が呼ばれた。

 選ばれた者たちの表情は、列の後方にいるセスには見えない。


「以上六名は、今夜から兵舎で寝泊まりしてもらう。家に戻ることは許されん。家族には連絡しておくので心配しなくていい。いいか。これは王の命令だ。規律を乱す者には厳罰が待っている。覚悟しておくように」


 夕陽がナイル川の向こうへ沈み、作業場は急速に青みを帯びていく。

 解散の声がかかり、石工たちはぞろぞろと道具をまとめ始めた。

 

 ダシュル分隊長が、書記と何やら話をしている。

 セスは、ダクトのそばへ駆け寄った。


 ふり向いた父は、柔らかな笑顔を見せた。


「家に帰らないと言ったのは、調査隊に入るからなんだね?」


 そうだ、とダクトはうなずいた。


 ──王の墓室に作り替えるためなんだね?


 その言葉が喉まで出かけたが、セスは飲み込んだ。

 決して口にしてはならない。

 父さんの命が危険にさらされてしまう。


「余計な心配をしないですむよう、あの夜、お前たちに打ち明けた。心配するな。調査が終われば、すぐ戻る」


 その声はいつも通りなのに、どこか遠くへ消えていくように感じられた。

 不安だけではない。

 セスの胸の奥に、ゆっくりと別の思いが芽生えはじめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ