第10話 孤高の獅子
白んでいく大通りを、父の背中を見ながら無言で歩く。
隼神の壁門をくぐれば、通い慣れた作業場が見えてくる。
活力ある石工たちの喧騒が、次第に大きくなってきた。
青い空の下、三大メルを背に、二体の獅子像ホル・エム・アケトが厳然と並んでいる……。かつては、そんな光景だった。
対を成していた王国の守護獣は、思いがけぬ崩落の災いに見舞われた。
今や、誇らしく鎮座するのはクフ王の父であるスネフェル王の面影をわずかに残す孤高の獅子のみ。南の獅子像は、その胴体だけが黄色い砂海に沈んでいる。
首なき守護獣は、もはや不吉な存在でしかない。
作業人員がそろったところで、さっそく解体作業が始まった。
朝の風が砂を巻き上げ、崩れた獅子の頬をかすめていく。
監督官である父ダクトが、鋭く叫んだ。
「まず支柱を固定するんだ。角度を間違えれば、一気に崩れるぞ!」
石工たちは汗を拭う暇もない。
支柱を固定した後は、崩壊した頭部の破片を慎重に運び出していく。
なんとか正午前にひと段落つき、いよいよ胴体の解体に取り掛かろうとした時──
「メドジャイ部隊の到着だ!」
誰かが叫んだ。
石工たちが振り返る。
青いキルトを腰に巻いたメドジャイ部隊の兵士がいた。
その数、およそ二十人。
鋭い目をした屈強な男たちばかりだ。
その中に、目を引いて威風堂々たる男がいた。
背中に、山羊ほどの大きさの大刀を背負っている。
先日、石工たちに向かって「他言無用」と釘を刺したあの分隊長だ。
彼の後ろには、王の命令書を携えた書記が控えている。
「王の命により、解体状況を確認しに来た」
分隊長の声は地鳴りのように、腹にまで重く響く。
ダクトが片手を上げ、石工たちに休憩するよう指示した。
ほっとした顔で天幕に引き上げていく作業員たち。
セスは、一瞬ためらったが、ダクトの側へ歩み寄った。
追い払われるかと思ったが、父は何も言わない。
「作業は順調か?」
雷のような声だが、分隊長の声に怒りは感じない。
「予定どおりではあるものの……少しばかり気になることが」
「気になること?」
ダクトは小さく頷き、崩れた獅子像の裏側を指し示した。
意味ありげに咳払いする。
分隊長は兵士たちにその場で待機するよう命じた。
「セス、お前もここにいなさい」
そう言い、ダクトは分隊長と獅子像の裏側へ歩いて行く。
セスは、その場で二人の後ろ姿を見送った。
──どれくらい待っただろう。
待ちくたびれたのか、メドジャイ部隊の兵士たちが小声で話し始めた。
「調査隊に志願するか?」
「もちろんだ。選ばれれば精鋭兵とみなされる」
「ダシュル分隊長と行動できるのは、名誉なことだからな」
「だが、不安じゃないか?」
「不安だと?」
小馬鹿にしたように、誰かが笑う。
「お前が、それほどの腰抜けとは知らなかった」
「馬鹿にするな。ヌビアの反乱やシナイ族の襲撃なら怖ろしくもない。だが、今回は神が相手だ」
「確かにそうだな。家族に天罰が下っては困る」
おい、と別の男が口をはさんだ。
「子どもがいる。余計な話はするな」
兵士たちの視線が痛い。
セスは、足元の石ころを蹴って知らぬふりを装った。
調査隊?
何のことだろう。
灼熱の陽ざしが、セスの首筋に刺さる。
天幕に戻ろうかと考えはじめた頃、やっと二人が戻って来た。
どちらも神妙な面持ちだ。
ダクトが、セスの肩をぽんと叩く。
「行こう」
ホル・エム・アケトをふり返る。
孤高の獅子は、はるか東を見つめている。
ふと、分隊長と視線が合った
セスに向かって、にやりと笑う。
拳で心臓をつかまれたような感覚だ。
反射的にうつむいた。
何がおかしいのか、分隊長は豪快に笑う。
……どうも苦手な人だ。
その苦手な分隊長が再び作業場を訪れたのは、翌々日の午後のことだった。




