【悲報】王宮の初夜、最優先事項(メイン・クエスト)は別にあった
朝日が新大陸の地平線から顔を出し始めた頃。
カシムとギルは、ようやく寝室の重厚な扉を閉めた。
豪華なキングサイズのベッドに、二人は崩れ落ちるように倒れ込む。
「……終わった。ギル、我々は生き残りました……」
「マジ無理……お嬢、ガチで鬼だし。ウチのダイヤ、半分くらい擦り切れてんだけど……」
ギルのドレスはボロボロ、カシムのタキシードも埃まみれ。
だが、静まり返った室内で二人きりになると、先ほどまでの極限状態が嘘のように、奇妙な熱がこみ上げてくる。
ギルが、横たわるカシムの顔を覗き込み、ニッといたずらっぽく笑った。
「……ねえ、カシム。言ったよね? 『真っ先に外してあげる』って」
「……っ。……はい。業務時間外、ですから……」
ギルが震える指先で、カシムの眼鏡をゆっくりと外す。
レンズの向こう側にあったのは、一人の女性を真っ直ぐに見つめる、ひどく熱を持った男の目だった。
「眼鏡がないと、視界はボヤけて計算もできません。……ですが、今の貴女だけは、驚くほど鮮明に見える。……ギル、私は――」
「ちょ、カシム……それ、反則なんだけど……」
ギルがカシムの胸元に顔を埋め、二人の距離がゼロになる。
カシムの腕がギルの腰に回り、ついに唇が重なろうとした、その瞬間――。
ドガァァァァァァァン!!
部屋の扉が、凄まじい衝撃と共に、物理的に粉砕された。
「カシム殿ぉぉぉぉ! 助けてくれ! 緊急事態だぁぁぁ!!」
飛び込んできたのは、涙目になった物流主任ゴウモンと、彼に担がれた清掃員ドブドスだった。
「なっ……何事ですか? 非常識極まりない時間に!」
カシムが慌てて、眼鏡を逆さまに装着する。
「マジ殺す!」
ギルも叫びながら、枕を投げつけた。
「門の前で! 元魔王軍が『ナニワ麺の粉末スープの量が前より減っている! ステルス値上げ反対!』と暴動を起こしているんだ!」
直後、エリザベスの魔導通信が響き渡る。
『……カシム、聞こえてる? スープの減量案はウチの指示や。さっさと国王として「これは原材料の高騰による苦渋の決断や」って泣き落として、ついでに上位互換の「特濃スープ(有料)」を予約販売してきなはれ。……え、何? 寝てたん? 結婚したからって、一秒でもサボれると思わんといてや?』
カシムは天を仰ぎ、深すぎるため息をついた。
「……。ギル、すみません。……どうやら『初夜』よりも『粉末スープのクレーム対応』が、現在の最優先事項です」
「マジでナニワ商会ブラックすぎんだけどー!! 今夜はウチが、絶対にカシムを返さないって決めてたのにぃぃぃ!!」
事務官国王はタキシードを直し、絶叫する妻を置いて戦場へと引きずられていった。
新大陸の夜明け。
結ばれるはずだった二人の愛は、またしても「残業」という名の闇に呑み込まれたのである。
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