【中毒の香り】聖都を支配する三分間の奇跡
「……な、なんだ、この匂いは」
聖都アイギスの広場。
怒号と絶望に満ちていたはずの場所が、一瞬にして「困惑」に支配された。
ギルたちが巨大な釜でお湯を沸かし、配り始めた「謎のカップ」から、それは立ち上っていた。
醤油の香ばしさ。動物性の脂の甘み。そして、鼻腔を突き抜けるようなスパイシーな刺激。
「おい、三分経ったぞ! 食ってもいいのか!?」
「おうよ、火傷すんなよ! エリザベス特製『ナニワ・マジック・ヌードル』、存分にすすりな!」
ギルの合図で、最前列にいた腹ペコの男が、おそるおそるフォークで茶色の縮れ麺を口に運ぶ。
――ズルルッ!
豪快な音が広場に響いた。
「…………ッ!!」
男の目が見開かれる。
次の瞬間、彼は狂ったように麺をすすり、熱いスープを喉に流し込んだ。
「旨い……! なんだこれ、パンよりずっと味が濃い! 腹の底から熱くなって、力が湧いてくる……!!」
「本当だ! 飲み干さずにはいられないぞ!」
一人が食べ始めれば、もう止まらない。
三分前までモルガンの偽札を握りしめ、「パンをよこせ」と叫んでいた群衆が、今は一心不乱にカップを抱え、麺をすすり上げている。
「ズズッ!」「ズルズルッ!」という、聖都では聞いたこともないような力強い音が、広場を埋め尽くした。
「……カカッ、カハッ……! バ、馬鹿な……!」
魔導端末の向こう側で、モルガンが喉を鳴らした。
ホログラム越しですら、「暴力的な香り」が伝わってくる。
民衆が、モルガンの用意した高級パンなど目もくれず、見たこともない安っぽい麺に熱狂している。
その光景は、「商売の常識」を根底から破壊していた。
「ジジイ、ええ音してるやろ?」
エリザベスは、カップの底に残ったスープを名残惜しそうに眺めながら、不敵に微笑んだ。
「アンタのパンは、飢えをしのぐための『義務』や。でも、ウチの麺は、一口食ったら明日も食いたくなる『娯楽』や。商売で一番強いのは、『中毒』やねんで?」
「……おのれ、おのれぇ……!」
「市場の動きはどうなってる?」
カシムが端末を操作し、非情な現実を読み上げる。
「中通が独占していた小麦の先物市場、大暴落です。投資家たちは『パンの時代は終わった』と判断。現在、モルガン氏の資産は一分ごとに金貨数万枚のペースで目減りしています」
「……あ、そうそう。アンタが買い占めた小麦、腐らせるのは勿体ないなぁ」
エリザベスは、計算高い魔女の笑みを浮かべた。
「ウチが『ゴミ値』で全量引き取ったげてもええよ? もちろん、次のインスタント麺の材料にするためにな。……アンタが溜め込んだ小麦で、ウチがもっと儲けてあげるわ」
モルガンの顔が、どす黒い絶望に染まる。
買い占めた物資が売れず、逆にライバルの材料として安値で買い叩かれる。
商人にとって、これ以上の「死」はない。
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