【市場強奪の偽札】大商長の逆襲と、消えたパン
異変は、聖都アイギスの朝食時に始まった。
「……は? 品切れ? 冗談だろ、まだ開店したばかりじゃないか」
なじみのベーカリーの前に並んでいた男は、店主に詰め寄った。店主は困り果てた顔で、空っぽの棚を指差す。
「いや、それがね……今朝、届くはずの小麦粉が一点も届かなかったんだよ。問屋に問い合わせても『輸送船が止まっている』の一点張りで……」
同じような光景は、市場のあちこちで見られた。野菜が届かない。肉が来ない。さらに奇妙なことに、街には見慣れない「金色の紙」が溢れていた。
「おい、この『中通』の新通貨なら、奥の倉庫から小麦を出してくれるって噂だぞ!」
「マジかよ! ナニワのポイントより、今は現物が買える札の方が価値があるんじゃないか?」
人々の手に握られているのは、モルガン率いる『大同盟中央通商』が突如として発行した、派手な装飾の紙札。食べ物がないという不安と、突如現れた「新しい金」への期待。
平和だった聖都の空気は、どす黒いパニックへと塗り替えられようとしていた。
「……なるほど。これがジジイのやり方か」
ナニワ商会の仮拠点。
窓の外から聞こえる民衆の喧騒を背に、エリザベスは冷めた紅茶を一口啜った。
カシムが端末を叩き、窓の外の混乱を報告する。
「聖都周辺の物流ゲートが、すべて『中通』の権限でロックされました。名目は『通貨切り替えに伴う検品作業』。ですが実態は、兵糧攻めです」
「嫌なやり方やなぁ。物流を押さえた上で、偽札をバラ撒きよるんやから」
エリザベスが呟いた瞬間、部屋の中央に置かれた魔導端末が、強引な割り込み接続で起動した。
ホログラムとして現れたのは、脂ぎった顔を歪ませて笑う老人――モルガン・デ・メディチだ。
「カカカ! どうだねエリザベス君。『ポイント』だの『信用』だのと、実体のない数字遊びに興じている間に、私はこの大陸の『現実』を買い占めたよ」
モルガンは豪華な椅子の背もたれにふんぞり返り、手元のパンをこれ見よがしに千切って口に運ぶ。
「偽札がただのゴミであることなど、百も承知だ。だが、そのゴミが『パンを買う唯一のチケット』になったとき、真実の金を超える。……明日には、聖都の民は飢え、吊し上げに来るだろう。商売の根本を断たれたお前に、一体何ができるかな?」
プツリ、と通信が切れる。
カシムが眼鏡を指先で押し上げ、静かに問いかけた。
「……お嬢様。現在、ナニワの備蓄でも三日が限界です。どう動かれますか?」
エリザベスは、ソファからゆっくりと立ち上がった。顔には、絶望など微塵
もない。
むしろ、最高に質の悪い悪戯を思いついた、子供のような笑みが浮かんでいた。
「カシム。モルガンのジジイは、一つ大きな勘違いをしとるわ」
「と、おっしゃいますと?」
「『パンがないなら、お菓子を食べればいい』なんて、能天気な令嬢の台詞や。ウチはナニワの商人やで? ……パンが届かへんのなら、パン以外の『旨いもん』で、市場を塗り替えたらええだけやんか」
エリザベスは、鋭く指示を飛ばす。
「今すぐバルガスに繋いで。余ってる軍用輸送機を全部借りるわ。……モルガンが道を塞ぐんやったら、ウチは『空』から攻めたる。……積み荷は、『禁断の……』や!」
ご一読ありがとうございました!
空飛ぶ輸送機の中身――とは?
次回も、どうぞお楽しみに!




