第五十九話 百三十層
「穴熊さん……その顔は……」
「おっと、見苦しいものを見せて悪いね。なんせ、三徹目なもんで……」
そう言いながら、穴熊は不気味に笑った。
よく見ると、目の焦点が合っておらず、今にも倒れそうなほどふらふらだ。
「そんな、少しくらい遅れたって……」
「いいや、一度納期を決めた以上、あたしには守る義務がある。それに、納期とか以前に、あたしが楽しくなっちまってさ」
穴熊はにっと笑い、春重たちの前に装備一式を置いた。
それは、青いボディスーツだった。材質は、丹波が着ていたウェットスーツに似ている。胸部には、鱗で作られた胸当てが縫いつけられており、所々に、魚のヒレのような装飾があしらわれている。
名前:リヴァイアスーツ
種別:防具(★★★★★★)
状態:通常
HP:90000/90000
スキル:『自動修復』『防御力強化』『斬撃耐性』『衝撃耐性』『水泳補正+4』
『水中呼吸』
「おいおい、とんでもない性能じゃねぇか……!」
『鑑定』を済ませた丹波が、ごくりと喉を鳴らした。
このスーツひとつに、必要な機能がすべて詰め込まれている。『水泳』スキルへの補正に関しては、現在の春重たちのスキルレベルと合わせて、目標であるレベル7を軽々と超えてしまう。
「こっちは男性陣の装備だ。女性陣はこっちね」
そう言いながら、穴熊はもう一式装備を取り出す。
ヒレの形の装飾があしらわれた、兜とレギンス。そして、鱗のような模様が入った胸当て。
名前:リヴァイアメイル
種別:防具(★★★★★★)
状態:通常
HP:90000/90000
スキル:『自動修復』『防御力強化』『斬撃耐性』『衝撃耐性』『水泳補正+4』
『水中呼吸』
性能自体は、スーツと変わらない。
しかし――――。
「あの……ちょっとこれ、露出が……」
真琴は、胸当てを持ち上げながら、困った顔をした。
それは、まさに〝ビキニアーマー〟と呼ぶに相応しい形状だった。装備の面積は、実に最小限。装備の面積よりも、肌の面積のほうが広いのは、どう見ても明らかである。
「お嫌いかな?」
「き、嫌いとか好きとかじゃなくて……! ちょっと恥ずかしいと言いますか……いえ、めちゃくちゃ恥ずかしいと言いますか……!」
真琴は、春重を一瞥する。そして、頭から煙を上げながら、縮こまっていく。
「そうか? 私は気に入ったぞ。動きやすそうでいいじゃないか」
桜子はけろりとした態度でそう言った。それもそのはず、普段の装備と、大して露出度が変わらないからだ。
「ま、そう言うと思って、下に水着を着られるよう、少しゆとりを持って作ってあるよ」
「た、助かります……それでも、あんまり変わらない気がしますけど……」
真琴は、深くため息をついた。
「これで、ようやく水中エリアに挑めるな」
「もうプールには行かなくていいのか!?」
「ああ、そうだ」
「きひひひ! ちょうど飽きてきたところだったんじゃ!」
エルヴァーナが、嬉しそうに何度も跳び跳ねる。
春重としては、食パンで釣られたとはいえ、我儘な彼女がよく付き合ってくれたものだと、感動すら覚えていた。
「未攻略エリアに挑むのは、探索者の醍醐味。あたしとしても、思う存分楽しんでもらいたいところだけど……」
穴熊が、珍しく真剣な表情で、言葉を続ける。
「当然、危険も桁違いだ。分かってるね?」
「……はい。覚悟の上です」
「よし。分かってるならいいのさ。どんなに無様でもいいから、生きて帰ってきな。お得意様に死なれちゃ、あたしも気分が悪い」
そう言って、穴熊はへらっと笑った。そして、そのままカウンターに突っ伏してしまう。
「穴熊さん!?」
「眠ってしまったようだな。無理が祟ったんだろう」
穴熊は、目を閉じて、安らかな寝息を立てていた。その様子に安心しつつも、このままにしておくのは、あまりにも冷たいだろう。
「横になれるところに連れていこう」
「それなら、奥にソファーがあったはずだ」
春重は、穴熊を抱えて、店の奥へ足を踏み入れる。
そこには、装備の原型と思わしきパーツが、いくつも散乱していた。それはまさしく、彼女の試行錯誤の証。装備完成に至るまでの苦労が、この部屋を見るだけで分かる。
――――死なせてたまるか。必ず生きて帰す。
そんな思いが、伝わってくるようだった。
「……絶対、生きて帰ってきます」
春重は、誓うようにそう言った。
◇◆◇
茹だるような暑さの中、春重は、真琴とエルヴァーナと共に、スカイタワーダンジョンを訪れた。
春重の体は、穴熊が用意した装備に包まれている。肌に張りつくような見かけだが、通気性がよく、想像以上に涼しい。
真琴は、スクール水着の上から、装備を身に着けている。これはこれでマニアックな格好なのでは? と思う春重だったが、余計なことを吹き込んで、真琴の動きが悪くなったら目も当てられない。故に、黙っておくことにした。
エルヴァーナも、同じように装備を身に着けているが、上からぶかぶかのTシャツを着ているため、今は装備が見えない。エルヴァーナに人間の都合を押しつけるのもどうかと思ったが、外見だけなら幼い少女にしか見えない彼女に、露出度の高い格好で出歩かせるのは、春重の倫理観が許さなかった。
「来たか」
スカイタワーの前では、すでに桜子と丹波が待っていた。
丹波は、春重と同じ格好。そして桜子は、素肌の上に例の装備を身に着け、仁王立ちしていた。
「わ、わぁ……」
引き締まった美しい肉体を前に、真琴が感嘆の声を漏らす。
「なあなあ、シゲちゃん。彼女、恥じらいとかないのかね?」
「さ、さあ……どうなんでしょう」
困った顔の丹波に、春重は引き攣った笑顔を返すことしかできなかった。
下心とは無縁の春重だったが、こうも刺激が強いと、嫌でも意識させられる。
ただ、桜子は探索者として、この場にいる誰よりも優秀だ。そんな彼女が、この格好がベストだと思っているのだ。文句など言えるはずもない。
「よ、よし……それじゃあ、行こうか」
どこか気まずい空気の中、春重たちは足並みを揃える。
これから、死地が待ち受けているかもしれないというのに、なんとも締まらぬ出発となった。
しかし、ダンジョン内に足を踏み入れた瞬間、春重は、自分の中でスイッチが切り替わったのを感じた。
ダンジョン内では、いつ何時も油断できないということを、春重は嫌というほど味わっている。そのため、意識よりも先に、体が自然と臨戦態勢になったのだ。
ダンジョンの様子は、前回来たときと変わらない。
春重は、入って早々に飛び出してきたスケルトンを大剣で砕き、前を見据える。
「百三十階層まで、できるだけ消耗を抑えて進もう。進路を塞ぐモンスター以外はスルーだ」
「はい!」
「承知した」
「お、おうよ!」
春重たちは意識を『索敵』スキルのみに集中して、モンスターを避けながら階層を駆け上がっていく。
それにしても、丹波の『隠密』スキルは、凄まじい性能だ。時折、はぐれてしまったのかと勘違いしてしまうほど、気配がない。彼も、伊達にこれまで生き残ってきたわけじゃないのだ。
やがて、日が暮れないうちに、春重たちは、百三十階層へ到着した。
「――――さてと」
水の壁を見上げ、春重は深く息を吐いた。
同時に、水中からモンスターが飛び出してくる。それを一刀のもとで斬り捨てた春重は、冷や汗を拭った。
「あ、危ない……」
「ここじゃ、心の準備もできないですね……」
真琴がふう、と小さく息を吐く。その様子は、些か緊張しているようだった。




