第五十八話 新装備
一週間もの間、プールに通い詰めた結果、彼らの『水泳』スキルは3まで上がっていた。
順調に思えるが、状況は芳しくない。
レベル1になるために一日かかり、レベル2には二日、レベル3には四日。
1レベル上げるごとに、必要な時間が倍々に増えていっているのだ。
この調子だと、レベル5になるには、一週間――――いや、それ以上の日数が必要だ。目標のレベル7には、数か月かかるだろう。毎日朝から晩まで取り組めば、ある程度の時間短縮も可能だろうが、そう簡単な話ではない。春重たちにも、各々生活がある。すべてをスキル強化の時間に充てるのは、困難であった。
というわけで、春重たちは、穴熊商店を訪れていた。
「おお!?……! まさか、こんなところに店があったなんてな」
丹波は、穴熊商店と書かれた看板を見上げ、呆気に取られた表情を浮かべた。
穴熊商店は、上野にある探索者横丁の、細い路地を抜けた先にある店だ。
丹波は、インフルエンサーとして相応しい程度の情報通だが、この店についてはまったく知らないようだった。
それもそのはず。特異なスキルを持つ者や、個人的な知り合い以外は近づけないよう、この店には細工が施されている。それが『隠蔽』スキルによるものということを、春重は丹波と出会ったことで知った。
「お邪魔します」
春重が扉を開けると、奥にいた穴熊が顔を上げる。そして、にやりと笑った。
「おや、いいところに来たね」
穴熊は、いじっていてた鉄くずを投げ捨てて、カウンターに身を乗り出した。彼女の豊かな胸が、たゆんと揺れる。春重は、さっと目を逸らし、丹波はだらしなく鼻の下を伸ばした。
「おいおいおいおい、こりゃ、ちょっとけしからんなぁ」
「黙ってください」
「まこっちゃん!? そんな、汚物を見る目を向けないでもらえるカナ!?」
春重は、素知らぬふりをしながら、穴熊に近づく。
「すみません、あんまり顔出せなくて」
「ほんとだよ。あんたたちが来ないせいで、ずーっと退屈してたんだよ?」
穴熊の背後には、数々の試作品らしき武器が並んでいた。中には、マジックハンドのような、戦闘では一切役に立ちそうにないものまである。いくら変わり者の穴熊でも、相当暇でない限り、こんなものは作らない。
「おい、アナグマ。ここ鉄臭いし油臭いぞ。なんとかしろ」
エルヴァーナが、鼻を押さえながら言った。
ちなみに、エルヴァーナと穴熊は、新宿ダンジョン攻略後の打ち上げで、顔を合わせている。
穴熊が、エルヴァーナの爪や鱗を素材にすべく暴走した事件があったが、それはまた別の話。
「あ、そうか。竜は鼻も利くんだね。ごめんごめん」
穴熊は、カウンターの下から、消臭スプレーを取り出し、辺りにしゅっしゅっと巻いた。
だいぶ年季の入ったパッケージだ。一体いつから置いてあるやつなのだろうと、春重は心配に思った。
結局、臭いは消えるどころか、新たに強い花の匂いが加わり、エルヴァーナは悶絶する羽目になった。
「で、そこの愉快そうな男は誰だい?」
穴熊が、縮こまってしまった丹波を指差す。
「あ、ど、どうも……私、丹波正臣と申します」
「あらま、ご丁寧にどうも」
真琴に睨まれながら、丹波は恭しく頭を下げた。それに合わせ、穴熊もぺこっとお辞儀する。
「わけあって、丹波と私たちはパーティを組んでいる」
「へぇ。一緒にここに来たってことは、何かワケありだね?」
さすが、察しがいい。春重は、桜子から話を引き継ぎ、詳しい事情を説明した。
「スカイタワーダンジョンの水中エリアね……。もしかすると、それ、水族館じゃないかな」
「水族館? どういうことです?」
「ダンジョン化する前のスカイタワーには、水族館が併設されていたんだよ。ダンジョン内には、もとになった建造物の特徴が残ることがあるからね」
まあ、それが今更出現した理由は分からないけど――――。
穴熊は、そう付け加えた。
「それで『水泳』スキルに補正が入る装備が欲しいんだっけ?」
「何かいいものはないですか?」
「うーん……『水泳』スキルが必要な状況なんて、そうないからねぇ。今すぐ用意するのは難しいんだけど……その水中エリアにいたモンスターの素材って持ってるかい?」
「はい、一応」
春重は、鞄からシー・サーペントと、フライング・ブラックフィッシュの素材を取り出す。鱗や牙、そしてヒレ。どれもてらてらと不気味に光っていて、少し生臭い。
「モンスターの素材を装備品として加工すれば、もともとそのモンスターが持っていたスキルを、少しは使えるようになるはず。それでよければ、やってみようか?」
「ぜひお願いします……!」
「はいよ。五人分だから、ちょっと高くなるけど、大丈夫かい?」
提示された値段は、かなり高額だったが、春重たちは即決した。人間性はともかく、職人としての穴熊は、誰よりも信用できる。彼女なら、きっと値段に見合ったもの、否それ以上の装備を作ってくれるに違いない。
「まいどあり。そうさねぇ……一週間後には用意できてると思うから、また取りに来てよ」
「ずいぶん早いな。五人分だぞ?」
「言っただろ? ずっと退屈してたって。溜まった鬱憤を、ぜーんぶあんたたちの装備にぶつけさせてもらうのさ。こうなったときのあたしは、なかなか止められないよ?」
そう言って、穴熊は得意げに笑った。
早速作業に取り掛かり始めた穴熊への挨拶もそこそこに、春重たちは店をあとにする。
「でもよぉ、本当によかったのか?」
丹波が、不安げな声色で言った。
「何がです?」
「装備のことだよ。普通なら、目ん玉飛び出るような値段だぞ? 俺のせいで、あんたらが損しちまうなら、さすがに申し訳ねぇっていうか……」
「ああ、そんなことですか」
「そんなことってよぉ……。水中エリアをクリアしちまえば『水泳』スキルなんて二度と使わないかもしれねぇんだぞ? そしたら、これから作ってもらう装備だって、無駄になっちまうかも――――」
「大丈夫ですって。穴熊さんの作る装備は、どれも優秀ですから。絶対無駄にはなりません。それに……俺たちだって、あのエリアの先に何があるのか、気になって仕方ないんですよ」
春重が、恥ずかしそうに笑うと、それに同意するように真琴と桜子が大きく頷いた。
「そうですよ。百三十階層は未攻略エリアですし、まだまだお宝が眠っているかもしれません!」
「ああ。未攻略エリアのアイテムとなれば、かなりの値がつく。装備を買った金など、すぐに取り戻せるだろう」
春重に続いて、真琴と桜子は意気揚々とそう言った。
丹波の瞳に、涙が滲む。
「きひひひ! タンバが泣いとるぞ! おっさんのくせに、泣き虫じゃ!」
「う、うっさいわい! ちぇ、年を取ると、涙もろくなっちまっていけねぇな……」
丹波が、ごしごしと目を擦る。その様子に、春重は苦笑した。
「その涙は、水中エリアを抜けたときまで、取っておきましょう」
「ああ、そうだな!」
春重に励まされ、丹波は力強く頷いた。
それから、春重たちは『水泳』スキルを上げることに努めた。
装備が完成する一週間後に備えて、時間が許す限り、ひたすら泳いだ。そうしてようやく、彼らは『水泳』スキルをレベル4にすることができた。
そして、肝心の装備も――――。
「よく来たね」
穴熊商店を訪れると、目の下に濃い隈を作った穴熊が、春重たちを迎え入れた。




