第五十七話 成敗
「さて、それじゃあ、いっちょやりますか」
丹波が、春重の肩を叩く。
「シゲちゃんは、俺の後ろに控えていてくれ。あとは頷いてるだけでいいぜ。シゲちゃん、演技下手そうだから、あんま喋らねぇほうがよさそうだし」
「た、助かります……」
正直者である春重に、演技の才能はない。
「おーい、お兄ちゃんたち」
丹波は、手を振りながら、軽薄そうに声をかけた。
男たちは、そんな丹波を一瞥し、無視を決め込む。脅威として、認識してもらえなかったらしい。それでも、丹波はずんずんと近づいていく。
「おいおい、無視はねぇだろ。無視はさ」
「うるせぇな……なんだよ、おっさん。今いいところなんだから、近づいてくんじゃねぇよ」
金髪の男、岸谷が、丹波を見下ろすように立つ。
「いいとこって、お嬢ちゃんたちが困ってんだろ? さっさと解放してやんな」
丹波は、自分よりもレベルが高い岸谷に対し、まったく臆さない。
その度胸ある姿に、春重は無表情を貫きながら、内心で拍手した。
「なんだてめぇ。正義の味方気どりか? いい歳したおっさんが気持ち悪ぃんだよ」
「気持ち悪くても言わせてもらうぜ。女の子が困ってんだから、詰め寄るような真似すんなっつってんの。なあ?」
突然話を振られた春重は、とっさにこくこくと頷く。
「はぁ、だりぃ。あんたら、オレたちが手を出せないと思って舐めてるわけ?」
「いやいや、手が出せないのは事実だろ? こんなところで暴力を振るえば、君たち出禁だぜ?」
「そんなの、オレたちはまったく怖くねぇよ」
メンチを切るようにしながら、岸谷たちがさらに距離を詰めてくる。
「そう言う割には、全然手ぇ出してこねぇな。やっぱりヒヨってんじゃねぇの?」
あまりにも露骨な挑発に、春重が冷や汗をかく。
そのとき、春重たちの近くを、監視員が通った。しめたと思い、春重が声をかけようとすると、監視員は岸谷たちを一瞥し、そのまま去っていった。
「残念だったな。この施設の監視員は、うちのパーティの息がかかってんの。だからさぁ――――」
岸谷が、丹波の顔を殴り飛ばす。鼻血をまき散らしながら、丹波は跳ねるようにプールサイドを転がった。
「丹波さん!?」
「こうして殴っても、お咎めなしってわけ!」
岸谷が、げらげらと笑いながら言った。
彼らは、明らかに調子に乗った様子で、春重にまで詰め寄ってくる。
「で、おっさんはどうする? 今すぐ回れ右してどっか行くなら、殴らないでやってもいいけど?」
相手からは、手を出し放題。しかし、こちらがやり返せば、恐らく出禁になってしまう。
最悪といっていい状況の中、それでもなお、春重は薄ら笑みを浮かべた。
「やれるもんなら、やってみろ」
少し引き攣った声で、春重はそう言ってのけた。
「……強がってんじゃねぇよ」
岸谷の拳が飛んでくる。レベル差のおかげか、春重には、その拳がスロー再生のように見えていた。
しかし、あえて頬を差し出す。優しく投げられたゴム製のボールが当たったような、優しい衝撃が走る。
しかし、あえて倒れ込む。とても重い一撃を受けたように見せかける。
「だははは! みっともねー!」
尻もちをついた春重を、岸谷たちは豪快に笑い飛ばす。
そんな三人の前に、殴り飛ばされたはずの丹波が立っていた。
「は? なんだ、おっさん。また殴られたいの?」
「いいパンチだったなぁ。思わず撮影しちまったよ」
「え……?」
いつの間にか、丹波はスマホを手に持っていた。その画面には、岸谷が続けざまに二人を殴り飛ばす瞬間が映っている。
「おお、ばっちり撮れてるじゃねぇか。こりゃ色んな人に見てもらわなきゃな」
「なっ、なんで……! スマホなんて持ってなかったじゃねぇか!」
岸谷の言う通り、丹波はずっと手ぶらだった。少なくとも、彼らにはそう見えていたし、なんなら春重だって、そう思っていた。
「タネを説明してやる義理はねぇな」
丹波は、鼻血を拭いながら言った。
春重は、格好つけすぎだと思った。
「そのスマホを寄越せ! ぶっ壊してやる!」
「おっとぉ! もうSNSに上げちまったよぉ!」
丹波が、SNSの画面を見せる。すごい勢いで、先ほどの動画が拡散されていく。コメント欄では、すでにインフィニティハーツのメンバーであることが割れており、総叩きが始まっていた。
「いくらプールエリアで無敵でも、世界中に悪行が知られたら、どうしようもねぇよなぁ? あーあ、こりゃ最悪だねぇ」
「こ、この……」
「おっと、まだやるってんなら、今度は生配信しちゃおっかなぁ!」
――――この人、楽しそうだな……。
春重は、ノリノリな丹波に対し、呆れたような視線を向けた。
「いい加減諦めな。ここにはもう、お兄ちゃんたちの居場所はねぇよ」
「……ッ! 覚えとけよ! おっさんども!」
顔を真っ赤にして、岸谷たちが逃げていく。そんな彼らを見送るように、丹波は手を振った。
「もう悪さすんなよー!」
「丹波さん……心臓に悪いですよ」
「悪い悪い。でも、よくシゲちゃんも殴られてくれたな」
「丹波さんが合わせろって言ったんで、同じように殴られたほうがいいのかと思って」
「いい判断だ。コンビでも組むか?」
「結構です」
春重が肩を竦めると、丹波はけらけらと笑った。
「春重さん! 丹波さん!」
焦った様子で、真琴と桜子が駆け寄ってくる。
「すまない、助かった。二人が来なかったら、この手で殴り飛ばしていたかもしれない」
「冗談には聞こえないな……」
「ああ、冗談ではないからな」
桜子は、にっこりと笑って、拳をぱきぱきと鳴らす。その目の奥は、まったく笑っていなかった。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
真琴が、心配そうな顔で覗き込んでくる。
「うん、全然大丈夫だ」
「俺は大丈夫じゃねぇけどな……」
「え?」
春重が振り向くと、丹波はまだ鼻血を流していた。
名前:丹波正臣
種族:人間
年齢:42
状態:疲労
LV:62
所属:
HP:998/1405
SP:1845/1855
スキル:『隠密(LVMAX)』『鑑定』『精神耐性』『罠察知(LVMAX)』『緊急回避(LV4)』『索敵(LVMAX)』『反応速度向上』『直感』『拡張』『脚力強化』『空腹耐性』
――――めっちゃ食らってる……。
レベルが十も上で、なおかつ『格闘』スキル持ちの拳が、クリティカルヒットしたのだ。これだけ食らうのも仕方がない。
「……今日は終わりにするか。丹波の治療が優先だ」
「そうですね」
春重が、丹波に肩を貸す。
振り返ると、そこには頬を限界まで膨らませたエルヴァーナが立っていた。
「……遅い」
「ご、ごめん……」
結局、真琴たちが購入した焼きそばは、すべてエルヴァーナの機嫌を取るための供物となった。




